2014年01月13日
ブレイディみかこ『アナキズム・イン・ザ・UK −壊れた英国とパンク保育士奮闘記』(Pヴァイン)
著者から献本いただいてまもなく読んだのに、読書記録を書くまでえらく時間がかかってしまった。
これはワタシが雑事に追われていたり体調を崩したりしたこともあるが、それだけではない。著者の前著『花の命はノー・フューチャー』をワタシはもっと気楽に読んだ覚えがある。それはなにも前著と比べて本書が小難しいという意味ではない。そうでなく、言葉で表現するのは難しいのだが、著者が書く文章に追いついた感覚があり、それを自覚することでキーボードを打つ手が進まないところがあるのだ。だから、著者には一度「へヴィですね」とマヌケな感想を述べたまま、以前ほど気楽に読書記録が書けなかった。
日本は長らく一億総中流と言われたが、自分が属する階級を中流を考える人が増えるのは先進国では何もおかしな話ではない。しかし、これは確か鈴木あかね『現代ロックの基礎知識』で読んだ話だが、属する階級を聞いて先進国で唯一「下層」が多かった国があったという。英国である。
しかし、これには一種のトリックがあって、「あなたが属する階級は上流階級、中流階級、下層階級のどれですか?」という質問文の「下流階級」がイギリスでは「労働者階級」だったのが原因だったのだ。
これが何年に行われた調査の話かは知らないが、本書『アナキズム・イン・ザ・UK』はそのずっと先、「クール・ブリタニカ」という言葉で希望の時代を演出しようとしたトニー・ブレアの労働党政権が、臭いものに蓋をし続けたために増殖した、「労働者階級」のさらに下位に位置する、生活保護に当然のように依存する「アンダークラス」が大きな社会問題となった「ブロークン・ブリテン」についての本である。
こう書くと90年代以降の労働党政権をくさしているようだが、労働党政権だったからこその「底辺底上げ志向」の教育ポリシーが果たした功績は確実にあるし、労働党政権にとってかわった保守党政権、ジョニー・マーから「スミスを好きだなんて言うのはやめろ。あんたは違う。あんたのスミス好きを禁止する」と言い渡された、ロンドン暴動の後、そのアンダークラスを切り捨てようとするデイヴィッド・キャメロン首相なら良いということにももちろんならない。そして、そのアンダークラスの源流は、やはり80年代のサッチャー政権にいきつく。
サッチャー政権は、地方の製造業を殺すことによって家畜化された人間たちを生み出したのである。地方社会の檻の中で、政府から餌をもらって動物のように生きていく若者たち。学歴も突破口も展望も何もない。「敗者は美しい」、「敗者として生きるのが本当じゃないか」などという文化人が意味する敗北は、自ら選び取る負けであり、何もする前から負けている(=飼われている)家畜のことではない。地方のルーザーズたちの世界は、現代のアンダークラスと何ら変わっていない。(140ページ)
本書の内容を安易に日本の話に引き寄せて分かった気になるのは違うと思うのだが、本書を読んでるとアンダークラスの増殖とそれに対する反発、レイシズムと排外思想、政治家に対する失望に呼応して逆説的に集まる王室(皇室)に対する尊敬など、いくつも思い当たるところがあるのも確かである。
それと同時に、日本人として英国人との距離というか相違を著者の視点を通して確かに感じるところもある。それは日本人からみれば被害者意識を感じるところもあれば、英国の奥深さを感じるところもある。
ジュリー・バーチル、アニー(レノックス似の託児所責任者)、モリッシー、シェーン・メドウズ、アレックス・ファーガソンとデイヴィッド・ベッカム(の両者が、ワーキングクラスのモラルという同じ価値観を共有していたという指摘にははっとさせられた)、ジェイク・バグ、そしてもちろんジョン・ライドンという本書の登場人物は、その奥深さをそれぞれの形で体現しているし、セレブだけでなく著者の職場である底辺託児所(彼女の表現をそのまま使う)で出会うガキども、そして彼らを通して見えるものを著者は乾いた文章で記している。
そういうことをするお前らの気持ちは分からないが、俺はお前らを知っている。だから、理解はできないとしても、お前らがどういう人間だったかは、きちんと描いておく。(112ページ)
面白いのは、著者は「ブロークン・ブリテン」のアナキズムとケイオスに、新たな音の誕生を予感しているところである。
本書は著者のブログ、本書のタイトルと同名の ele-king 連載、そして前著からも文章が採られており、基本的に著者のベスト選ということになるのだが、二部構成なのはともかくとしてもう少し丁寧に校正され、注釈がついていればと思うところもある。著者の文章の読者として、この話を入れるならこれだって入れてほしいと思ったところもある(まぁ、それを言い出したらページ数が増すばかりなのでこれは無視していただいて結構だが)。
あとこの読書記録を書くのが遅れたのは、シェーン・メドウズの『THIS IS ENGLAND』を観てから書くことに決めたのがあり、この映画の感想はまたいずれ書かせてもらうが、『ザ・ストーン・ローゼズ:メイド・オブ・ストーン』のパンフレットを買って見てみたら、本書の著者がシェーン・メドウズにインタビューしているし、以前メールのやりとりでイタリアにいたとか書かれていたが、それが菊地凛子も出る映画に息子さんが出演していたからというとんでもない展開になっていて、息子さんに福砂屋のカステラをあげて恩を売ったつもりだった筆者は腰を抜かさんばかりである。
底辺託児所からセレブの母親への華麗な転身、とかふざけて書くと張り倒されそうだが、冗談はともかくこれもまたブリリアントでアナキーな人生の展開ではないか。