yomoyomoの読書記録

2006年07月10日

野口英司編著『インターネット図書館 青空文庫』(はる書房) このエントリーを含むブックマーク

野口英司編著『インターネット図書館 青空文庫』

 言わずと知れた、著作権切れの作品をインターネット上で公開する電子図書館青空文庫についての本である。正直言って、本書を買ったのは、本書編纂時点での青空文庫で公開されている全作品を収録した DVD 目当てだった。更に書けば、以前より敬意を払い、またお世話になったプロジェクトへのせめての恩返しになればという、考えてみれば思い上がった気持ちで購入した書籍である。しかし、本の中身もなかなか面白かった。この手の活動に興味のある方はもれなく読むことをお勧めします。

 青空文庫の立ち上げと発展の歴史を辿る第一章「青空文庫ものがたり」は予想通りためになったが、意外に(と書くと失礼だが)第二章「青空の本をつくる人びと」が面白かった。

 こうした一見見返りのないように思えるプロジェクトに参加する人たちの動機について、ある程度予想がつくというか、大体こうした人たちだろうとたかを括っていたところがあった。しかし、本書を読むと、青空文庫の工作員の方々のバックグラウンドが多様で、活動内容だけでなく現在の青空文庫との距離の置き方までそれぞれ違っているのが分かる。個人的には大久保ゆうさんらのグループワーク(京都大学電子テクスト研究会)の話が一番興味深かった。

 こういう人生いろいろなバックグラウンドに触れると、青空文庫の運営に深く関わることとなる小林繁雄氏が出したメールにおける「楽しさプラス何か」の何かが実感できるように思えた。

青空文庫の活動が本当に価値があるのかどうか、それは私にもわかりません。
けれど、何より楽しい。
伊能忠敬の業績は素晴らしいと思いますが、
今になってみれば、何の価値もないと云えるかもしれません。
けれど、私は、多分、伊能忠敬は地図作りが楽しかったのではないか、と思うのです。
(中略)
そして、楽しさプラス何かが、
競馬やゲームの楽しさとは少し違う何かを見いだしたのではないかと思うのです。
私は、青空文庫に、楽しさとそしてその何かがあると感じるのです。

 本書刊行の話を最初聞いたとき、まったく無礼にもワタシは、「DVD 付きの書籍は、坂口安吾の作品が揃う2006年以降にしてほしかったな」と思った。しかし、著作権保護期間延長問題がそれを許さなかったのはご存知の通りである。第三章「「天に積む宝」のふやし方、へらし方」は、青空文庫の活動が新しい JIS 漢字コードの策定に活かされた話、(点訳、音訳、拡大訳による)視覚障碍者の読者支援などを経てエキスパンドブックから標準形式テキストへの転換が行われた話、山形浩生の問題提起が契機となり青空文庫のテキストの利用条件が議論された話などを踏まえ、著作権保護期間延長の問題を説く。

 保護期間が著者の没後50年から70年に延長されることで何が失われるのかを説く上で、本書の編著者は白田秀彰氏の「天に積む宝」という言葉を使う。本書を読めば、それが甘いロマンチズムに依るものでないことが分かる。

 余談であるが、少し前に Make Magazine 日本版のために Cory Doctorow の「エンジニア最後の世代」という文章の、考えなしにアーキテクチャの段階で利用者の自由を根本から奪い去ってしまうことの愚かさを説くくだりを訳しながら、悲しくて、悔しくて泣いてしまったことがあった(そういうことが自分に起こるとは思わなかった)。分野と手段は違うが、本書の第三章には、淡々とした筆致に逆にそれと似た悲しみを感じた。

 しかし、いつまでも悲しんでばかりもいられない。青空文庫以外にも、「地上の宝」を尊重しながら「天に積む宝」を減らさないための努力はいろいろ行われている。本サイトの読者であれば、ローレンス・レッシグによる Creative Commons の活動はご存知だろう。日本においても、白田秀彰氏らが著作物に関する権利の「二階建て制度」という非常にユニークで有意義な実験を仕掛けようとしている(これについては「知的財産推進計画2006によせて(1)」を参照ください)。

 我々に残された時間は少ない。しかし、やれることはまだあるはずだ。それを考える上で、本書は予想以上に価値のある一冊だった。

 そういえば実家に、今や誰も知らないような埋もれてしまった作家の本があるんだよな。あれをテキストに起こして青空文庫に登録してみようかな……


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