2010年08月05日
小林啓倫『AR―拡張現実』(マイコミ新書)
著者の小林啓倫さんに献本いただいた。
本書は題名通り拡張現実(Augmented Reality、AR)についての本で、個人的にはこのタイミングでこのテーマの本が読めてよかった。
というのも、ワタシ自身 AR について文章を一年近く前に書いていて、ずっと関心のあるテーマなのだが、一方で今ひとつピンとこない状況にもやもやとしたものを感じていたからだ。確かに AR アプリケーションにはすごそうなものがいくつもある。しかし、それはどこまで実用的なのか? 例えば、ワタシ自身 iPhone にインストールしたセカイカメラを実際に起動する機会は少なかったりする。
本書はその AR がもはや未来の話ではなく既に実用的な技術である話から始まり、AR の定義、AR とバーチャルリアリティ(VR)との違い(この二つは正反対の位置にあるというわけではなく、ある意味 VR の派生形が AR という話にははっとした)、そして今後 AR の本格的な進出が期待される分野の話をおさえていく(そこで紹介されているゲーム/エンターテイメント分野については、先日セカイカメラが展開強化を発表したばかり)。著者の分析は穏当で、無理に花火をあげたりはしないし、街中でカメラを掲げるという動作を要する現在の AR 技術の問題点についてもちゃんと言及している(電脳コンタクトレンズという究極の AR 装置が実用化されるのはまだまだ先だろうし)。
デジタルサイネージやセンサークラウドあたりと AR が組み合わせて考えると面白そうとかいくつか目星がついたというか考えが整理されてありがたかったが、正直言って、本書の内容はある程度想定の範囲内というか、おっと身を乗り出す感じは少なくて、前述のもやもやがすっきり晴れたとは言いがたい。ただこれはワタシが鈍いだけかもしれないし、本書にも書かれるように我々(著者とワタシは同い年)よりも若いデジタルネイティブたちが、物怖じすることなく AR を当たり前の使いこなすだけなのかもしれない。
本書では、現実が情報空間に進出していき、ARがインターネットの入り口になる話の「第6章 ネットを変えるAR」がもっとも興味深かった。AR ブラウザが新たな検索エンジンの役割を果たす時代が来れば、「ARO(AR最適化)」という現在はない概念が生まれるだろう。しかし、それには同じく第6章で書かれる AR 分野における標準化の問題が課題となる。ここでもオープンデータが重要になりそうだし、その標準化における重要なプレイヤーこそが「AR 検索界のグーグル」にもっとも近いのかな。
本書は最後に「日本発の」「日本企業にとっての」という話になる。書きたいことは分かるのだが、経済産業省が「ITとサービスの融合による新市場創出促進事業(e空間実証事業)」なんてのに取り組んでる話が出てきて、経済産業省は少し前は「G空間」とか言ってなかったか? と著者の主張とは関係ないところでちょっとひっかかってしまった。