yomoyomoの読書記録

2006年11月02日

浅倉久志『ぼくがカンガルーに出会ったころ』(国書刊行会) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 SF 翻訳家の第一人者である浅倉久志さんの(驚くべきことに)初めての著書である。

 この読書記録を読めばお分かるの通り、当方は SF に関してはまったくの初心者である。第一、本書を読んでようやく R・A・ラファティが2002年に死去していたことを知ってショックを受けたくらいなのだが、そういう当方にしても本書において章を割かれているフィリップ・K・ディックやカート・ヴォネガットをはじめとして浅倉さんの翻訳にはお世話になっている。本書を一通り読むと、氏に対する深い感謝の念が湧いてきた。そして最後のあとがきが「訳者あとがき」となっていて、それもまた氏らしいと思える。そういう本である。

 かつて『20世紀SF』シリーズの1950年代編を読んで、面白すぎる、こんなものをリアルタイムで読んでたらそりゃ人生変わるよなと思ったものだが、浅倉さんは正にそうして人生が変わった人なのが分かる(やはり愛着のある SF 作家の本の訳者あとがきを集めた章が最も楽しい)。そして、日本において SF を受容することの時間的、地理的距離とそれによる一種の濁りのようなものも感じたようにも僭越ながら思った。

 「SFマガジン」との出会いについて書いた文章の中に、自分と同じ浜松市在住の「伊藤典夫という人が毎号おそろしくマニアックな投書を寄せているのに気づき」コンタクトしたところ「ぼくの目の前に現れたのは、なんとイガグリ頭の高校生!」だったいうくだりがあるが、浅倉さんと双璧をなす SF 翻訳のもう一人の鉄人伊藤典夫さんは浅倉さんより一回り下だったのか。本書にはその伊藤さんから「はじめて褒めてもらい、気をよくした思い出」のことも書かれてある。年長者にも点の辛さを曲げない伊藤さんもすごいが、浅倉さんも本当に気取りのない人ですな。

 ワタシは翻訳者(「翻訳家」ではない。お間違えのないように)の端くれだが、本書を読んで著者との共通点をいくつか感じるにつけ、何か慰められるところがあった。もちろん巻末の「翻訳リスト」を見れば、すぐに目が覚めてそれが錯覚に過ぎないことに気付くのだが。

 以上で本書の読書記録は終わりだが、一点気になったことを書いておくと、ヴォネガットは70年代以降新作が出るたびに、近作の中で最高の作品みたいな書き方がされていて可笑しかった。


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