yomoyomoの読書記録

2005年05月16日

ばるぼら『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』(翔泳社) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 遂にこれを手に入れることができた――Amazon から届いたダンボールを破り、本書に手に取り、そのずしりとした重みを感じただけで、勝手に感慨深くなった。

 何しろワタシが Amazon に本書を予約したのは2004年9月26日である(この頃は、Amazon からのメールの Subject が何故か文字化けしてたんだよな)。半年以上前じゃないか!

 本書が相当のものになることは分かっていた。ばるぼらさんが書くのだから。これだけの時間をかけたのだから。だから本書を読んで大騒ぎするというよりも、よくぞこれだけの内容をこれだけのページにまとめきったものだと著者と編集者の苦労を勝手に想像して、安堵感とともにこちらが勝手にぐったりきた(書誌情報を参照)。

 ただ縦書きと横書きが交錯する本というのは読みにくいもので、縦書きのパートを読んでいると、アルファベットの多さに全部横書きでもよかったのではないかと思ってしまうが、やはり歴史教科書となるとそうはいかないのだろうか。

 翔泳社のページで正誤表が公開されているが、そこに載ってないもので当方が見つけた間違いを一つ報告しておこう。382ページの[註*8]で(Userland)Frontier について「96年?リリース」とあるが、Frontier 1.0 がリリースされたのは1992年1月である(Special Thanks, おれカネゴンさん)。


 本書の面白いところは、結果的に「歴史教科書」を謳い、膨大な記録と調査からこれだけの情報をまとめあげながら、著者のばるぼらさんの志向がはっきりと浮かび上がるところ。それは e-zine 文化への愛着であり、また最近の FLASH への期待であり、何よりこの十年余りのニッポンのインターネットの歴史は個人が面白くしてきたという本書を貫く認識である。

 本書は「歴史教科書」に似つかわしくないかっこよさを持った本である。頭が悪い表現で申し訳ないが、文章がかっこいいのだ。「頭が二つある赤子をわざわざGIFアニメにしてバタバタ暴れるようにした画像ファイルは、いざという時のために今でもハードディスクにしまっている(p.153)」といった文章を交えながら(笑)、

実は日記を読むことも自分を発見する手段なのだ。ただいわゆる「自分探しの旅」とは少し違って、初めから他者の存在を前提としているので、心の内へ掘り進むのではなく、部屋の外へ開かれた窓がウェブ日記の世界なのである。(p.62-63)

 オンライン上のコミュニケーションは、実際に会ってやり取りをするのに比べればとても薄っぺらいつながりに見えるかもしれない。だがそれは新しいコミュニケーションの「可能性」のまっただ中でドキドキしている最中なのだ。画面の向こうにまだ会ったことのない面白い人がいる。自分と似た人がいる。それを確認できることが「インターネットの可能性」というやつの正体なのだ。(p.71)

と、要所で直球で感動的ですらある言葉できめてくれる。

 また本書にはこれまた著者らしい人選のインタビューが入っていて、彼らもかっこいい言葉を語っている。特に宗像明将さんと rhyme さんのインタビューが面白いが、個人的に一番ぐっときたのは、オダタケツさんの以下の言葉。

 音楽と、くだらないバカ話と、TCP/IPが僕らをつないでました。(p.57)


 ワタシは、未だ自分のことを新参者と考えているのだが、無駄に長くサイトをやっていると古参扱いされることがあり呆然としてしまう……というようなことを書いて数年になるが、そうした自意識はまったく変わってなかったりする。

 実際のところ、本書の内容と照らし合わせても、ワタシがネットワーカーとして関わったのがそのごく一部でしかないのに今更ながら気付く。第一ワタシはパソコン通信の経験がほとんどなく(これは大学時代、個人でコンピュータを所有してなかったため)、アングラ掲示板や WAREZ 関係にもノータッチである。だからそうした方面については、本書は正に歴史教科書なわけで、これから折に触れ読み直すことになると思うが、やはり一番自分にひきつけて読めるのは個人サイト周りのところである。

 第2章の「テキストサイト誕生前夜(プレ・テキストサイト)」における「雑文→テキスト考」のところを読み、自分の中にわだかまってきた疎外感に得心がいったようにも思えた。何度も書いてきたことであるが、ワタシは元々「ちょっと笑える雑文サイト」を構想してサイトを立ち上げた。ここにも名前が挙がる鉄血くだらな帝國の下条さんが目標だったのだ(他にも目標にしていた人は何人かいるが)。

 しかし、ワタシのサイトが雑文界から仲間扱いされたことはほとんどない。もっとも日記猿人はおろか ReadMe! にすら登録しないなどの非コミュニケーション志向の方針をとっていれば、ここの限らずどこのコミュニティにも属せなくて文句はいえないのだろうが、本書を読むと雑文界もまたいわゆるテキストサイトとは少しずれていたことが分かる。

 という具合に本書を読みながら、自分のサイトのあり方についても考え込んでしまったが、そうした意味で特にヒットしたのが rhyme さんの以下の発言。

 コミュニティ化するのはネットが発達してるんですからいいことだと思いますが、僕は元々文章を読んでほしいという動機でやっていたので、やめる時期も勝手に決めていました。しがらみがあるから終われないというようなサイトじゃなかったんです。(p.248)

 そうそう、きっちり止めたいというのは常々考えることである。但し、ワタシには「しがらみ」があって、それはワタシ自身なのである。


 さて、ここまでもっともらしいことを書き連ねてきたが、ワタシが本書に対して最初に行ったのは、書籍エゴサーチである。つまり、「これにワタシのサイトは載っているか!?」が一番気になっていたのだ。下衆といわれようが、それが正直なところである。

 ウェブ版の「教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史」にはワタシのサイトは載ってなかったので期待はしてなかったが、載っていた。驚いた。大森望さんの解説の文章をもじるなら、「お母さん、僕、教科書には載らなかったけど、『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』に載ったよ!」というところか。

 まずは218ページの年表の1999年2月7日に、

翻訳・コラムサイト「YAMDAS Project」開設。
http://www.yamdas.org/

とある。初出公開日を書くようにしてよかった(笑)。そして載るとしたらブログ周りだとは思っていたが、「日本のウェブログはここから始まった」に、

11月10日
(前略)「YAMDAS Project」にて「I can't blog.」公開。

とある(386ページ)。嬉しかったのは、ウェブログに関するところで、当方の I can't blog.C-Tools を参考にしてくれていると思しき記述があったこと(百式の田口さんが Blogger についてちょっと混乱した解説をしていることなど)。いや、もちろんワタシの文章などなくてもそれぐらいぼるぼらさんが調べることは分かっているが。

「YAMDAS Project」のyomoyomo氏は「I can't blog.」という文章で日本のウェブログへの展望を描いた。「俺ニュース」や「冬眠日記」が反応リンク集を作れば、そこへまた皆がリンクを張る。サイトを持たない人間は2ちゃんねるにスレッドを立てそこで話し合う。私達は誰に言われなくても情報の共有を行い、コミュニケーションを成立させてきたのだと言わんばかりに。(p.387-388)

 I can't blog. はワタシが書いた文章の中で最も読まれたものであるのは間違いないし、そもそもこれを書いたから本書に載ったのだろう。しかし、この文章について触れられるのが嫌で嫌で仕方がなかった時期があった。もう何の意義もない文章にしか思えなかったのだ。しかし、必ずしもそうでないことに本書は改めて気付かせてくれた。ワタシは、あの文章で確かに展望を描いたのだ。

 それに393ページにはYAMDAS現更新履歴が「日記レンタルサービスを使いつつ単なる日記とは別種のものを持ったいた」例に挙げられているが、YAMDAS現更新履歴は註釈にもなっている!

[註*24] YAMDAS現更新履歴
yomoyomo氏が「YAMDAS Project」の更新履歴としてスタートさせた(現在はブログ的に運用されている)。このように初期の「はてなダイアリー」は、ほかに独自サイトを持っている管理人が手軽に更新できるサブサイトとして利用しはじめるパターンが目立った。

 いや! YAMDAS現更新履歴は「ブログ」でも「日記」でもなく飽くまで「更新履歴」です! なーんてね。また当方の訳書についてもコメントいただいている。

『ウェブログ・ハンドブック』は2週間くらいで原著を無くした私には嬉しい1冊でした。出版時点での日本のウェブログの状況を俯瞰した訳者後書きが初心者には役立つことでしょう。多分。(p.491)

 しかし、これらはすべて過去である。これから自分には何ができるのだろう。その余地は残されているのだろうか。また自分を変えるだけの力は残っているだろうか。


 本書の最後の補章において、著者は「誰かの心のベストテン第1位になることを祈っております」という言葉でしめくくっている。

 これは間違いないだろう。少なからぬ人たちの心のベストテン第1位になるのではないか。何はともあれ本書の刊行を祝いたい。

 あと気付いてない人が多いようなので書いておくと、本書はカバー、そしてその中身もちゃんと見るように。


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