yomoyomoの読書記録

2009年02月16日

仁科桜子『病院はもうご臨終です』(ソフトバンククリエイティブ) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 ソフトバンククリエイティブの上林さんから献本いただいた。

 「週刊ビジスタニュース」などのドクトル・ピノコ名義での連載でおなじみの現役の外科医である著者による初の著書。

 医療崩壊、などと言われるようになって久しく、ようやく医療現場のタイヘンさが広く知られるようになっているが、インパクトのある書名を掲げた本書も、現役医師の立場から医療現場の現実をユーモアある語り口で読ませてくれる。

 著者の連載を読んできた人間からするとそれほど新しい発見はないが、それでもこのユーモアある語り口が読後感を救っているところが多分にある。ユーモアというと、病院での医者や患者の面白エピソードを想像されるだろう。実際、本書にはそうした笑える逸話がいくつも収録されているが、それ以上に読まれるべきは、著者が医学の道を志し、医師を目指し、そして現在普通の勤務医として働くにいたるまでのストーリーだと思う。

 将来の進路を決めるきっかけというのは、どこにでも転がっている石ころのようなものだろう。その石ころを、ただの石ころとして何も考えず蹴っ飛ばして通り過ぎるか、それとも拾い上げて何かの運命と考えるか、まさにそんなちょっとした自分自身の物事の捉え方一つなのではないだろうか。人生の岐路は、自分の心の中にあるものなのかもしれない。(117ページ)

 面白いと思うのは『白い巨塔』の扱い。このテレビドラマは、制作者の意図はともかく医者が儲けすぎで悪い奴というイメージに確実につながってきた。それならこれが完全に現在の医療の世界にそぐわない話かというそういうわけではなくて、本書でも何度か『白い巨塔』を引き合いに出してそのディテールが残っていることが書かれている。もちろん、それは前述の医者が儲けすぎとか言う話とはまったく違うレベルだが。

 一口で医師といっても専門によって気質や待遇は変わる。著者はその中でも体育会系の気質を色濃く残す「気合いと根性」だけで成り立っている時代錯誤な世界である外科系に属す。

 著者が「社会主義国家、いやもしくは宗教団体か」と表現する(まさに『白い巨塔』でおなじみ)医局制度は崩壊しつつあるが、それで医者が働きやすくなったわけではないのはご存知の通りで、日本の医療はお上に振り回されたりいろいろあって本書の書名が極端にすら思われないところまできてしまった。それをマクロにとらえた本もいくつも出ているが、本書は何よりその過酷な現場に従事する現役医師の証言として多くの人にお勧めできる本である。


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