2008年03月10日
速水健朗『自分探しが止まらない』(ソフトバンククリエイティブ)
著者の速水健朗さんと担当編集者である上林さんから献本いただいた。貧乏暇なし状態でなかなか読む時間が取れない中、いろんなブログで本書が取り上げられるものだから、それをなるだけ読まないようにするのはタイヘンだった!(笑)
当方は速水さんと同じく1973年生まれで、(失礼を承知で書けば)底意地が悪いところが似ていると勝手にシンパシーを抱いており、速水さんのサイトをA面、B面とも愛読させてもらっている。
最初本書のタイトルを聞いたときは、著者のそうした底意地の悪さが全面に出た本になるのかなと思っていた。著者自身、あとがきで「団塊ジュニア世代の滑稽な姿をまとめてみよう」と本書の企画意図を書いている。
本書は「身も蓋もない言い方をするなら、自分探しの旅とは現実逃避のことだ」という厳しい認識から出発する。
厳しい言い方をすれば、自分を変えるために何か具体的な努力をしようとは考えずに、環境を変えることで自分を変えようという彼らの心性こそが本書のテーマである「自分探しの旅」だ。(62ページ)
しかし、本書はただ他人の滑稽さをあげつらうだけの本ではない。確かなリサーチと素材の選択を感じさせる、しっかり書かれた本だと思う。上で「底意地の悪さ」と書いたが、速水さんは韜晦の人でもあり(これが当方には欠けている)、そう簡単に尻尾をつかませないところが本書には有効に働いていると思った。
深町秋生さんは斎藤貴男の『カルト資本主義』を引き合いに出しているが、本書における「自己啓発セミナーはマルチ商法とともに日本の輸入された」という指摘を鑑みれば不思議なことではない。他にも団塊世代と団塊ジュニア世代の「自分探し」を巡る鏡像関係をはじめとして、見通しを良くしてくれる話が多かった。
ただ梅田望夫さんについて「ハルマゲドン2.0」というのはキャッチーなフレーズだけど、個人的には賛同しない。「破壊的技術」ならインターネットだけじゃないのだし。
さて、ここでワタシ自身の話を書く。当方が著者と同年生まれなのは書いた通りだが、ずっとこの手の「自分探し」は胡散臭いと思っていたし、自己啓発セミナーに行ったことはないし、『あいのり』は番組自体ほとんど見たことがないし、ホワイトバンドなんてはなから笑っていたし、路上詩人なんか知るか……というように、本書で取り上げられるトピックで、個人的にはまったものは実はほぼまったくない。
だから正直、本書を読んで自分の感覚の正当性だけ確認した気になっちゃ嫌だなと思っていたが杞憂だった。あからさまな自己啓発ものにはまらなかったのは、それはワタシの性格の悪さが幸いしたのであり、本書に引用される映画『ザ・ビーチ』の台詞を借りれば、「違うものを求めながら、同じものを見つけてしまう」というか、自分も結局「自分探し」的なものから逃れられているわけはない。宮台真司が書くところの「さまよえる良心」の落ち着き先は決まっていないのだ。
そうした不確かさと負い目を著者も共有しており、それが本書の慎重さにつながっている。それは理解した上であえて書かせてもらうが、「現実逃避ではなく、前向きな姿勢を」という本書の総括がたった2ページで終わってはいけなかったと思う。あとこれは他の方も書かれていたと思うが、あとがきで「僕の場合は運が良かったから職にありつけているだけだ」などと逃げてはいけなかった。それだけなわけないだろう! それじゃ「現実逃避ではなく、前向きな姿勢を」という総括が無駄じゃないか。
しかしそこで自分語りをしてしまえば、本書の趣旨を覆しかねないのかもしれない。そうした意味でこれまた鏡像関係というか、難しいところのある本だと思う。それを踏まえた上でワタシは本書を良く書けた本だと思う。
そういえば本文公開からまもなく放送される文化系トークラジオ Life のテーマは「自分探し」で、速水さんも出演されるとのことで楽しみである。