yomoyomoの読書記録

2006年03月06日

近藤淳也『「へんな会社」のつくり方』(翔泳社) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 著者から献本いただいたが、そうでなくても買っていた本である。

 本書は基本的に、CNET Japan での連載「近藤淳也の新ネットコミュニティ論」の書籍化である。水野貴明さんによる株式会社はてなの社員としての文章、松永英明さんによる関西人同士波長の合ったインタビューも面白いが、ブログ連載時から欠かさず読んでおり、また例えば『はてなの本』を読んでいる人であれば、特に驚きのある本でもないのかもしれない。

 さて、一番最近では「「はてなSNS」でなく「はてなポータル」を目指すべきではなかったか?」がそうだが、当方がはてなについて文章を書く場合、非常に厳しい言葉を選んでしまう傾向がある。当方が近藤淳也という人を大好きで、株式会社はてなのサービスの大ファンであるのは自分自身には分かりきったことで、それを書いても仕方がないからそれから外れたことを書こうとしてしまうせいだろう。書かれる方はいい迷惑だと思うが、当方のはてなに対する見方は、実は当方がはてなについて初めて触れたときに言い尽くされているのである。

 それは今から三年以上前に書かれた C-Tools という文章である。その後編から引用する(この文章は会話形式を採っている)。

「正直、俺もあそこがただの人力検索サイトだったときにはほとんど注目してなかった。でもはてなアンテナにはびっくりした」
「あれは個人ユーザの巡回サイト管理の形を変えたんじゃない? こうしたサービスこそユーザフレンドリだし愛されるものだね」
「そうそう、そして続いてはてなダイアリーサービスが開始された(ベータ版)」
「この段階で『はてななら単純なウェブ日記サービスにはならないだろう』という期待感があったね」
「大げさに言えば、一種の神憑り状態なのかも。そこで俺が言いたいのは『はてなは日本の Googleである』ということだ」
「提供してるサービスは全然違うけど、共通点はあるね。さっきもいったユーザの利便性を高めるサービスをシンプルで軽いインタフェースで提供しているところ」
「金よこせ的雰囲気がなくて、逆にどうやってビジネスを成り立たせているのだろうかと心配になるところ(笑)」

 いや、「初めて言及したときに言い尽くされている」というのはもちろん冗談だけど、正直自分で引用していて驚いた(笑)。『はてなは日本の Googleである』と言い切っているよ!(件の文章の前にこの見方を示した人いたのかな?) ……とは言っても、Google の収益性についてまったく見誤っているのだが。

 当方が本書を読んで思い出したのは、『Joel on Software』である。一番最近読んだ本だからというのもあるが、それだけではない。『Joel on Software』は、帯に「マネージメントの世界へようこそ!」という文句が引用されているが、本書は『Joel on Software』同様、「プログラマからマネージャにいたるまでソフトウェア開発に関わるあらゆる人たちにとって有益な内容を多く含む書籍」である。

 しかし、共通点よりも相違点のほうが大きい。最も大きなところは、ユーザコミュニティに対する意識だろう。もちろん、第三部のタイトルが「ユーザとともに」であることを引き合いに出すまでもなく、本書の著者のほうがユーザコミュニティに(特に)重きを置いている。またその意識の差をもって Web 2.0 かどうかといった踏み絵的議論に敷衍できるのかもしれないが、当方はそれには興味がない。

 本書はタイトルで「ヘンな会社」と銘打ちながら、その一見常識にとらわれないような行動原理の正当性を著者が説く本である。上で当方は元から著者の文章を読んでいる層からの印象を書いたが、逆に最近ちょくちょくメディアで取り上げられるヘンな名前の会社について知りたくて本書を手に取った層からすれば、奇異に見える事例、行動原理から普遍性を見出すのだと思う(ただそうした層には、インタビュー部のマニアックな内容が痛し痒しであるが)。ただここにも落とし穴があって、本書に書かれる普遍的に思わされる議論の中には、「ルールはハックするから楽しい」と書く著者の現在の環境に特化した普遍的でないものも含まれるということ。読者の立ち位置がどうあれ、それぞれに切り分けの能力が読者に求められる本である。

 また当方は上で、「ユーザコミュニティに対する意識」を特筆すべきものとして挙げたが、当方が本書を読んで面白く感じたのは、それに関する受けの良さそうな言葉よりも、インタビューで語られる(154-155ページ)、はてなオフ会→はてな公聴会→アイディアミーティングと試行錯誤を繰り返す中で得られたあまり楽しくない結論だったりする。かっこいいキャッチフレーズよりもこうした暗い認識を読めたことで当方は満足である。

 ……とまあ、堅苦しいことも書いてきたが、本書は何より近藤淳也という人の魅力が伝わる本である。当方も数回しかお会いしたことがないので深く知るわけではないが、本当に稀有な人であるというのは当方も確信を持って言える。恐らくは Aaron Swartz が Paul Graham に感じるのと同じように、この人と話をするだけで、こちらまでやる気が出てくる。押し付けがましさは微塵もないが、そうしたエネルギーを発している。そしてその発想を聞くと、やはりヘンだと思う(笑)。また余談ながら書かせてもらえば、当方が話をする機会を持てた社員の方もまた皆とてもチャーミングだった。

 はてなという企業の特徴として、結果的に実にユーザを「働かせている」ところがある。それは本書に書かれる「50%リリース」のバランスの妙が理由の場合もあるが、(実情はどうであれ)勝手にユーザがはてなを気にかけて動いてしまう場合も多いと思う。後者が、はてなが一部で「電車男カンパニー」と呼ばれる所以だが、いずれはてなもユーザコミュニティの一部を冷徹に切る場面が出てくるだろう。生産的な対案を示さずいやいやするばかりの古参ユーザなど特に。もちろん当方自身が切り捨てられる側に入る可能性は十分にあるわけだが、その後でまた本書を読み直したいと思う。


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