2012年08月20日
エリック・リース『リーン・スタートアップ ―ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす』(日経BP社)
日経BPの高畠さんに献本いただいた。
本書が出る前から「リーン・スタートアップ」という言葉はたびたび耳にしていて気になっていた。てっきり邦訳が出るのが遅れたのかと思ったがそういうことはなく、要は原書が出る前から既に言葉が広まっていたようだ。
この概念が特に日本人にとって(気持ち的に)受け入れやすいのは、これがトヨタの生産方式に由来するからというのがあるのは間違いない。10年くらい前にアジャイル界隈の文章の日本語訳で同じく日本の製造業の生産方式を参照する記述を見たときは随分新鮮というか奇異にすら思ったものだが、それを知らない読者はやはり新鮮に思うのだろうか。ただ言葉が広まるにつれ、いい加減というかそれこそ「とにかくどんどんアイデアを試して、失敗したらすぐ引っ込める」みたいなそれ違うだろという意味で使う人も見かけるようになっている。
かく言うワタシ自身、本書でリーン方式と対置される「やってみよう(Just do it)」型起業の違いがしばらく分からなかったくらいなので偉そうなことを言えないのだが、仮説に基づき「求める学びに直接貢献しない機能をすべて取り除いた」実用最小限の製品(MVP)を作り、構築―計測―学習のフィードバックループを継続して行う「検証による学び」ドリブンの方法論ということである。
本書は「起業」「アントレプレナー(起業家)」「スタートアップ」を極めて普遍的な概念としてとらえており、起業とはマネージメントであるとして、起業に関してかなり包括的な理論を打ち出している。ワタシ自身は風呂敷を広げるのはいいけどそれに見合うものか懐疑的な視点で本書を読んだのだが、「革新会計」という一見怪しそうな言葉にもきちんと説明がなされており、ブルース・シュナイアーの security theater ならぬ「成功劇場」という言葉を使って、何となく上向きの数字による見せかけの成功を戒めるあたりなかなか手強い。
「成功とは機能を追加することではありません。成功とは、顧客の問題をどうしたら解決できるのか学ぶことです」(94ページ)
本書のハイライトと言えるのはむしろ「ピボット(方向転換)」に関するところだと思う。その第8章も著者は力を尽くして書いており読み応えがある。語られるピボットのタイプが少し多すぎるように感じたが、やはりすべてスマートな解説で済むものではないということだろう。本書の中で二箇所ほど趣旨が分かりにくく、読んでて頭がごちゃごちゃになって十分理解できなかったことがあるし、本当にこれがトヨタ生産方式に照らしてどうなのか疑問に思うところはあるのだが、一読に十分値する本であることは間違いない。
上で本書を懐疑的な目で読んだと書いたが、これにはワタシ自身一種の「やましさ」を感じていたからかもしれない。言うまでもなく、本書の内容はアジャイル開発手法と親和性が高い。しかし、自分の本業での開発現場はそれに程遠いところにある。それについていろいろ言い訳をしてきたが、「スタートアップ」を広く捉え、しかもそれに関する包括的な理論を説く本書を読むうち、その言い訳がどんどん封じられるように感じられた。ただこれ以上はワタシの本業に関する話となり、現在はその詳細については yomoyomo 名義の文章で一切触れないことにしているため、読書記録はここで唐突に終わるのである。