yomoyomoの読書記録

2011年07月21日

Mark Frauenfelder『Made by Hand――ポンコツDIYで自分を取り戻す』(オライリー・ジャパン) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 オライリーの田村さんに献本いただいた。

 著者は『ブログ誕生』でも章を割かれていた超有名ブログ Boing Boing の創始者、雑誌 Make の編集長として知られる(その日本語版の担当者が田村さんで、ワタシもずっと翻訳で携わっている)。

 Make は DIY という言葉を越えた無茶なハードウェアハックの域まで達しているので、その立役者である著者も根っからの DIY 人間なんだろうと思っていた。もちろんその素養は十分持ち合わせているが、必ずしもそういうわけでもないので読者を置いてけぼりにしない。

 本書は2003年の正月、IT バブル崩壊の後遺症が続き収入が激減した状況下で、自分の人生をできるだけ自分で決め、周囲の世界と密接な関係を深めた素朴で明快な生き方をしようと夫婦で新年の目標を立てるところから始まる。

 しかし、まずやったのが南の島への移住という安直さで、読んでてなんだかなといきなり微妙な気分になった。当然ながらというべきか、この移住は成功しない。ただ著者の筆致は飽くまで前向きで、失敗を恐れないという DIY に必要な姿勢を体現していることにこの後を読むうちに気付かされる。

 彼らの秘密は、彼らが何か特別なものを持っているというよりは、むしろ何かを持っていないことにある。それは、失敗に対する恐怖感だ。ほとんどの人間は失敗を恐れる。そのため、自分の力量を超える技術を要することには手を出そうとしない。(中略)学校では、失敗は成績の低下という懲罰の対象になる。私たちは、失敗は避けるべきものだと教えられてきたため、何かを作ったり修理したりといった挑戦を敬遠するようになってしまった。挑戦しても、最初に失敗してしまうと、すぐそこであきらめてしまう。(29ページ)

 本書は、著者が一癖ある DIY の世界の先達に学びながら「自分の人生をできるだけ自分で決める」という目標に近づいていく記録である。その過程でいくつも失敗を犯す。先達の一人、ミスター・ジャロピーはこう言う。

ボクがしているのは、料理やガーデニングと変わらない。違うのは、それを阻むものを自覚しているかどうかだ。人は、何かを壊してしまうのではないか、ダメにしてしまうのではないかと恐れる。そして不幸なことに、それは正しい。ダメにするんだ。失敗してしまう。壊してしまう。だけど、それがこの約束された豊かな人生を、身の回りの物との意味深いつながりを勝ち取るためのワンステップなんだ。(32ページ)

 DIY を語るのに「物の不完全さに美を見出す日本の詫び寂びの心」まで引き合いに出されるとちょっと面食らうが、そういえば本書の表紙には「自分(の人生)を取り戻す」という文句が書いてあり、自己啓発っぽい印象を持つ読者もいるかもしれない。本書に登場する先達の中にはハードなエコロジストだったりニューエイジ入ってる人もいるが、著者は彼らのアドバイスを盲信するようなことはないので読んでて嫌な感じはしない。DIY をスローフードムーブメントになぞらえるのは個人的にはアレだが、著者が目指すのは飽くまで自己の自立なのだ。

 本書の原書の表紙は、著者が自作のシガーボックスギターを抱えた写真だが、本書が扱う DIY は飲食に結びつくものが多く、Maker Faire で見られるようなハードな DIY や電気工作を期待すると肩透かしかもしれない。日米の住宅事情も違うので、ピンとこない話題もあるだろう(最初の「芝生を殺す」というところで、町山智浩さんの文章を思い出した)。個人的に本書で一番面白かったのは第5章「恐竜の赤ちゃんを育てる」で、要はニワトリ飼育記なのだが、その顛末は苦い結果に終わったと言ってよいだろう。しかし、この章は本書の性質をよくあらわしていると思う。

 ただ本書を読んで少し気になったことがある。上記の通り、本書は家計が苦しくなった話から始まる。著者の DIY は家計節約が目的ではないのは承知しているが、(シガーボックスギターなどはもちろん除外するとしても)家庭菜園や飼育するニワトリから得られるものと、そのためにかかる費用を比較したらどちらが大きいのだろう。こういうことを考えるのは意地悪かもしれないが、もしかかる費用のほうがずっと大きいなら、本書に書かれる DIY の数々は、2003年以降著者の本業が上向いたから興じることができることになり、sustainable とはいえないのではないか。


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