2006年07月31日
ロバート・スコーブル、シェル・イスラエル『ブログスフィア:アメリカ企業を変えた100人のブロガーたち』(日経BP)
以前本書の共著者であるロバート・スコーブル、並びに本書の原書について少し書いた縁で日経BPの竹内さんから献本いただいた。竹内さんは「Microsoftの著名ブロガー退社に思う」という文章を書いており、本書の良いイントロダクションになっている。
本書を読んで痛感したのは、Cluetrain Manifesto(書籍版の邦訳は『これまでのビジネスのやり方は終わりだ―あなたの会社を絶滅恐竜にしない95の法則』)の影響の大きさである。以前ワタシはダン・ギルモアの We The Media(邦訳は『ブログ 世界を変える個人メディア』)について「ジャーナリズム版クルートレイン宣言」と評したことがあるが、それに倣うなら本書は「ビジネスブログ版クルートレイン宣言」と言える(当然ながら二冊とも本書で名前が挙がる)。
つまりは本書は何より企業と顧客の「対話」の重要性を訴えるものであり、ロバート・スコーブルらしい活気のある語り口に満ちた本である。まぁ、そうしたアメリカ的な部分が鼻につく読者もいるかもしれない。
この本は、企業と消費者のコミュニケーションを一新しつつある革命について記したものである。消費者と企業がたわごと抜きの本音で、理解と信頼を築き合うことについての一冊だ。この本は何よりブログについて書かれたものであり、ブログこそがこのコミュニケーション革命における最強のツールだ。(4ページ)
これはある意味想定の範囲内だった。そして本書がただのイケイケなビジネスブログ礼賛本であることを危惧していたのだが、手間の問題、法的な問題、ブロガーと広報との軋轢、解雇の危険性についてもちゃんとページが割かれた本になっている。
これに着手したときは、ブログの味方、エバンジェリストとして、あらゆる企業がブログを始めるべきであり、やらない企業は滅ぶと考えていた。やがて調査を進めるにしたがって、これはちょっと大げさだったと思うようになっていた。企業についても国についても、文化の影響を過小評価していたのだ。(326ページ)
本書で読者が最も注目するのは、第一章「『悪の帝国』の使者たち」だろう。章題を見れば分かるようにスコーブルが先ごろまで在籍したマイクロソフトの話である。具体的にはスコーブルをはじめとする社員ブロガーの奮闘や Channel 9 立ち上げの話であるが、同じ社員からもブログを止めるよう結構な圧力があった話や経営陣が一致してサポートしているわけでないことも率直に書かれている(後の章には、ブログの内容が原因で上司と対立し、退職に至ったブロガーの話もある)。それでも、スティーブ・バルマーは社員ブロガーに対して簡潔にしてまっとうな言葉を述べている。こうした認識すら、日本企業のトップでは少数派だろうが。
だが、私はブログは顧客とコミュニケーションをとる素晴らしい方法だと思っている。(中略)会社を代表して発言する社員のことは、信頼しているよ。もともと、そのために給料を払っているんだし。ここにいたくなければ、さっさと辞めるだろう。(31-32ページ)
企業文化の話としては、社員ブログの数が極端に少ない IT 企業の代表例であるアップルとグーグルに対する批判もある。片方で安直にグーグルを礼賛しながら、もう一方でこれまた安直に企業人の実名ブログを勧める輩は、本書程度の文化意識ぐらいは持ってほしいものだ。
そうして本書は「巨大な口コミエンジン」、「情報化時代のセックスシンボル」(すげぇ表現だな…)としてのブログの威力について、デイブ・ワイナー、マーク・キューバン、ジョナサン・シュワルツ、スティーブ・ラベルといった(ビジネス)ブログ界の著名人を引き合いに出しながらマーケティング、コンサルタント、PRといった分野におけるビジネスブログの有効性と望ましい対話のあり方について説くのだが、本書で何度か言及される(意外に語られることの少ない)「ブログは費用の節約になるが時間がかかる」という成功のヒントは強調しておきたい。
個人的に特に面白かったのは第八章「ブログと文化」からブログのネガティブな面も語られる第九章「バラのとげ」、並びに第二部「良いブログ、悪いブログ」である。
企業だけでなく国の文化によりブログの活用のされ方も大きく変わるというのは、上に引用したように著者達が本書の取材過程で学んだことなわけだが、アメリカ以外の事例としては、フランスで最も有名な財界人にして、開設間もない頃に批判を寄越したブロガーに直接会って教えを乞うたミッシェル・エドアー・ルクレールの話が一番面白い(もっとも本書の読者としては日本の事例がどのように書かれているかが気になるところだろう)。
上で「ブログのネガティブな面」と書いたが、本書にはブログをやるべきでない企業についての配慮もあるし(ちょうど Micro Persuasion にも CEO はブロゴスフィアに単独で立ち入るべきでないのではというエントリがあがっている)、失敗事例についての記述も多い。日本においても炎上した Walkman A のブログに代表される失敗事例はあるが、アメリカにおいても事情は似たものであるである。そしてここからが重要なのだが、本書にはブロゴスフィアで犯した失敗を成功に転じる事例の紹介もある。もちろんそれらがそのまま採用できるわけでないにしろ、学ぶところが多いのは間違いない。
本書を読んで改めて思ったのは、ブログを巡る状況の変化である。今更何をという感じだが、本書においては「ブログの正統性」という言葉が何度も出てくるが、例えば自分が数年前考えていた「ブログとはこういうもの(こうあるべき)」といった考えは、今とはかなり違っている。そしてそれは当然のことなのだろう。
日本の企業にしても、「変化に柔軟に対応する」、「リスクを恐れず」、「顧客重視のマーケットインで」といった類のお題目を述べないトップのほうが近頃では少数派だろう。しかし、一方で本書に書かれる34項目からなる企業ブログ・マニフェストへの道は非常に険しい。これについてはいろいろ思うところもあるが、それを書くと本書のアドバイスに抵触する恐れがあるのでこれで本文は終わりにする。