2010年03月18日
岸本佐知子『ねにもつタイプ』(ちくま文庫)
著者の前作『気になる部分』について、ワタシは「ためになる、といった実用的な評価軸を外したら、ここ数年読んだ本の中で一番面白かった本かもしれない」と書いた。実際その通りだったのだが、読んでいてただ楽しかっただけではなくて、正直かなり怖いとも思った。この人の書く文章には底の抜けた恐怖がある、と。
そろそろ本書も読んでみようかねと思っていたところに文庫化を知りいちもにもなく買い求めた直後に夜のプロトコルのイベントで伊藤聡さんとトークショーをやることを知り、上京を決意した次第である。
本書を手に取り、読み始めたところでワタシは震えた。冒頭を飾る文章のタイトルからして「ニグのこと」という意味不明さである。
幼いころ、私には何でも話せる無二の親友がいた。
それも三人。名前は、大きいほうから順に、大ニグ、中ニグ、小ニグといった。
……いきなりガチである。本書は『気になる部分』より、ワタシが恐怖を感じる部分がいよいよ主となった本である。本書と比べると、『気になる部分』はまだ一般的な「エッセイ集」であった。本書には「夏の思い出」のような純然たるホラーな文章もあるが、それとは別に著者の文章の恐怖を堪能させてもらった。
著者が本領を発揮して自由になり、創作に近づいた本書が講談社エッセイ賞を受賞したのは少し皮肉である。面白いのは、そのことが本書のどこにも書かれてないことで、それ自体が著者の意思表示なのだろう。
夜のプロトコルのイベントの話も書いておくと、忘れ物をして開演間近になって会場に到着したため最前列しか空いておらず、意図せずして岸本さんの真正面に座ることができた。
トークイベントは岸本さんのフリーダムさが際立っていたが、翻訳の苦労話が嫌いな理由などすごく感銘を受けた話もあった(これについては後で書きたい)。いずれにしろ、その反骨心とそれに付随するユーモアにやられてしまい、イベント後サインをいただく際に、「岸本さん、パンクだったんですね」と訳の分からないことを口走ってしまった。しかし、岸本さんに「翻訳者」と書かれた名刺を出すのはかなり恥ずかしかったね!
イベント終了後、新宿まで引率くださった青月にじむさんに、「岸本さんちょー可愛かった! ちょーステキ!」「会場でオレが一番岸本さんの近くだったぜ!」とうわ言のように連呼し、大いにキモがらせてしまったのは申し訳なかった。