2012年08月23日
江渡浩一郎編『ニコニコ学会βを研究してみた』(河出書房新社)
編者の江渡浩一郎さんに献本いただいた。
ニコニコ学会βの話を最初に知ったとき、江渡さんが関わっていること自体は意外には思わなかったが、氏が委員長という主導的な役割を担っているのに結構驚いた。こう書くと、「お前は自分の何を見てたんだ」と江渡さんに怒られそうだが、これには当方の勘違いもあった。ニコニコ学会βを「ニコニコ動画についての学会」と限定的に捉えていたのである。
ここで少し「ニコニコ動画とワタシ」について書いておく。ニコニコ動画ができて早々にアカウントを取得したが、長らくログインすることは稀だった。率直に言うと、ニコニコ動画の初期の2ちゃんねる的ノリがはっきり好きでなかったし、現在も動画を見る時間では YouTube のほうが圧倒的に長い。それでもニコニコ動画の発展とともに必然的にニコニコ生放送などでログインする機会も増えており、そのたびにこんなになってるのかと驚くことが多々ある。
ニコニコ学会βの立ち上げは、当然ながら背景にはニコニコ動画という CGM の隆盛があり、その「創造性を成り立たせる仕組み」を規範とするユーザ参加型の価値を追求する学会を作りたいという意欲的な試みである。そして、キーワードとしてボーン・トゥ・ビー研究者を意味する「野生の研究者」が掲げられるが、本書はそうした人たちの探究心が発露しまくった第一回ニコニコ学会βシンポジウムの模様を書籍化したものである。
個人的に特に面白かったのは、濱野智史さんが司会を務めた伊藤博之氏(クリプトン・フューチャー・メディア社長)と戀塚昭彦氏(ニコニコ動画開発総指揮)が「環境の側が人々の創造力を喚起」する場について語るセッション。その後に続く濱野さんのノリノリな論考を読んでいて、氏の『アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか』はえらい本だったんだなと改めて思った。正直に書くと、濱野さんが AKB について本格的に語り出したら即座にそこで氏の論考を読むのを止めるつもりだったのだが、その話が一番最後に出てくる構成がワタシ的に功を奏した形である。
ワタシはこのシンポジウムを残念ながら見逃したのだが、「研究100連発」というキーワードだけ聞いて、それってどうなんだろう、乱雑で中身の薄い投げっぱなしジャーマンなものなのではという危惧があった(前述の通り「ニコニコ動画に関する研究」と限定的に考えていたためもある)。本書を読めばそんなレベルでないのが分かるが、すごい人がいるものだと今更思ったりした。そんなワタシレベルの人間にとってありがたかったのは、発表研究の紹介の後に入る各研究者のインタビューで、これがとても興味深かった。特に五十嵐健夫氏が語る旧来の学会の意義とその難しさの話は逆説的にニコニコ学会βの役割を語っているし、宮下芳明氏の「専門」の枠にとらわれないマルチさにこれぞ「野生の研究者」と言いたくなる。
このように本にまとめてもらい、インタビューや論考を加えることで、ニコニコ学会βの意義が大分分かりやすく伝えられていると思う。そうした意味で本書は、ワタシにとってとてもありがたい本だった。