yomoyomoの読書記録

2014年10月13日

冨田恵一『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』(DU BOOKS) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 ドナルド・フェイゲンの『ヒップの極意 EMINENT HIPSTERS』を読んだ勢いで、本書もポチっとやってしまった。

 本書は冨田ラボの別名でも知られる著者が、リスナー、演奏家、作編曲家、そしてプロデューサーの視点を混在させ、その知見を動員してドナルド・フェイゲンの1982年のアルバム『The Nightfly』について書きつくした本である。

 ワタシにとってもドナルド・フェイゲンの『The Nightfly』は特別なアルバムで、もちろんポップミュージックの歴史の中でこれよりも優れたアルバムはいくつもあるだろう。しかし、ワタシにとって『The Nightfly』はそうした評価基準とはまた別のところにあって、曲から歌詞から演奏からアルバムジャケットからもう何から何まで好きなのだ。こちらがどんな気持ちであれ聴くことができる、そして一度聴き始めれば、確実に現実逃避をさせてくれる――そんなアルバムはやはりこれだけである。

 このアルバムについて書くとなれば、現在の日本においては著者が最適なのだと思う。本書は、『Aja』『Gaucho』という Steely Dan 後期のアルバムから『The Nightfly』にいたる変化を辿るところから始まり、その後期 Steely Dan やフェイゲンについて語る際に代名詞的に言われる「レコーディングにすごく時間がかかった」理由、1980年代初期の音楽シーンのトレンドと『The Nightfly』との関係を浮き彫りにするその時代性と普遍性の話、各曲の解説、そしてプロデューサーとしてのゲイリー・カッツ、エンジニアとしてのロジャー・ニコルスは果たしてどういう仕事をしていたのかといったあたりまで Steely Dan〜ドナルド・フェイゲンについて書ききっている。

 ワタシ自身は一介の音楽愛好者に過ぎず、本書の演奏家、作編曲家、そしてプロデューサーの視点から書かれた記述をちゃんと理解できたかというと、正直怪しいものである(なにせ『The Nightfly』のドラムがほぼ全曲「打ち込み」に近い処理をされたものであることも、本書を読んで、え、そうなの!? と驚いたくらいの人間なわけで)。

 しかし、本書の記述は演奏家、作編曲家としての厳密さだけで押し切るものではない。基本的に伝記本や雑誌インタビューにおけるフェイゲン本人らの証言を地道にあたりながら論を展開するオーソドックスな手法をとっているが、一方で Steely Dan〜ドナルド・フェイゲンについて語る際によく引き合いに出される歌詞の読み解きは、それは自分にできることではない、とすっぽりと放棄しているのは潔い。しかし、だからといってこのアルバムにおけるフェイゲンのボーカル、そして彼が歌う言葉において無頓着というわけではなく、特にアルバムタイトル曲についての記述がそうで、そのおかげで細馬宏通氏のこの曲について書かれた優れた文章のような、本書を基盤とした文章が可能になったわけだ。

 特に本書を読んでいてワタシが感動したのは、著者がこのアルバムにおいて必ず思い出す、アルバムを特別なものにしている二箇所があるのが、ワタシがアルバムで一番好きなアルバムタイトル曲と "The Goodbye Look" の2曲だったからだ。著者が指摘するその二箇所そのものもワタシと同じだわー、などと強弁するつもりはないが、これは嬉しかったな。

 本当に『The Nightfly』を好きでよかった、と思わせてくれる本だった。


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