2005年11月14日
ブレイディみかこ『花の命はノー・フューチャー』(碧天舎)
この本を購入したのは、何より著者のサイト THE BRADY PUNCH が好きだからなのだが、ちょうど友人が来年イギリスに留学することが決まったので、読んでからあげようと思ったのもある。もっと分量がほしいというこの手のネット発の書籍に共通する不満は本書にも少なからず感じるものの、楽しく読ませてもらった。
ワタシはイギリス発の各種ロックに人格形成の面で影響を受けてしまった人間で、その流れで粗暴で自己中心的でバカなアメリカ人よりも性格が悪くて鬱質でエキセントリックなイギリス人のほうがよほど自分に合うなどと極度にステレオタイプな分類でイギリスという国に憧れたりしたし、ワタシの対談の相方であるベンジャミンもかつて、「ブライトンの海辺に別荘をたてて静かに暮らしたい」などと戯言を言っていたが、ブライトンの名前が出るのは恐らく『さらば青春の光』の影響だろう。
著者は渡英してフリーの翻訳業を営んでおり、件のブライトン在住なわけだが、本書に描かれるのは紛れもなくワーキングクラスの生活である。イギリスの階級制度にしても、これまたロック経由でいろいろ知ったつもりになっているが、
わたしたちは金持ちは嫌いである。なぜなら、彼らは金持ちだからだ。(44ページ)
というまっとうなワーキングクラスの価値観と生活実感についてイギリスに住む日本人は書く人が少ないので貴重と言えるかもしれない。もっともイギリスの階級社会について読みたい人は、(ワタシ自身未読なものの青月にじむさんの書評を読む限り)『不機嫌なメアリー・ポピンズ―イギリス小説と映画から読む「階級」』や『階級にとりつかれた人びと―英国ミドル・クラスの生活と意見』あたりを読むほうが良いだろう。
本書の裏の主人公と言えるのはジョン・ライドンでありパンクなわけだが、著者はB級セレブが出演するリアリティショーに出演するジョン・ライドンを賞賛し、「パンク」と「笑い」について以下のように書く。
わたしは、二者は最も近いところにある芸だと思う。だってコメディーとパンクがこの世になければ、はっきり言って人生など生きる価値もないではないか。(19ページ)
「だって」以下が理由になっていないような気もするが、それはともかくロックのみならずモンティ・パイソンにも人生を狂わされた当方としても肯くしかない。
そういう意味で本書は、ワーキングクラスの乾いたユーモアを一貫して感じる本だが、それが理解できまたそれなりに人生経験を積んだ(少なくとも30を越えているということ)読者は、パンクに影響を受けすぎて窓際に追いやられたりもしたエリート社員が書く「最近またパンクな気持ちが甦ってきました」という文章にどうしてもニヤニヤ笑いしてしまうだろうし、最後に収録された「マイ・ビューティフル・ジョニー」における、現役で戦う中年男の醜さ、そしてその醜悪ゆえの見る者の胸をつまらせるような美しさを讃える文章を読み終えたとき、必ずや何がしかの晴れやかなものが心に満ちることだろう。