2005年04月18日
山下清美、川浦康至、川上善郎、三浦麻子『ウェブログの心理学』(NTT出版)
著者の一人である山下清美さんより献本いただいた。
本書を読んだ感想を先に書くと、ある部分では予想通りであり、またある部分では予想していたより面白みのある本だった。
こういう話から書き始めるのは失礼にあたると思うが、この約二年の間に数十冊のウェブログ関連書籍が刊行されてきたが、著者の平均年齢でいえば本書が最も高いのではないか。
当方が「予想通り」と書くのはそうした面によっており、つまりは著者の方々の活動は詳しくでないにしろ以前より知っていて、信頼性というか予測可能性があった。本書は「心理学の視点から、インターネット上のコミュニケーション全体のなかでウェブログというものを位置づけることを目指し(まえがき vページ)」たもので、研究書と一般書の間の立ち位置からまっとうに書かれた本であるというのは予想の範疇であった。
そして「予想していたより面白みのある本」だと思ったのも、実は本書のまっとうさに起因するものである。
本書は、インターネットという公共空間に個人のウェブサイトという私的空間が何の違和感もなくまざりあうことの興奮と戸惑いから出発し、一般人がウェブ日記、ウェブログを書く意味、そしてそうした文脈におけるコミュニケーション、コミュニティといった言葉の意味を問い直している。
世のブログ本に対して思う不満はいくつかあるが、例えば特定のツールやサービスに依存した、また依存していることに無自覚なままに書かれた本が多いというのがある。そしてそれ以上に不満に思うのは、名もなき無名人がウェブログを書きたいと思う理由、それを続ける理由、そしてその意義と効用について正面から向き合った考察が少ないことがある。『ユリイカ』2005年4月号の「特集*ブログ作法」を読んだときに感じた違和感は思えばこのあたりにあるようだ。
限られた分野にせよ「有名人」が、それについての自覚が足りないままに語る言葉が見せる風景は、ウェブログを始めようとする人たちにとってのそれとはどうしても異なる。本書には SNS(ソーシャル・ネットワーキング・システム)について、
社会的強者、すなわち実名を出すことがメリットとなり、すでに強固なソーシャル・ネットワークをもつ人々が、さらにそれを拡大するためには利便性が高いが、そうでない人々にとってはメリットを感じにくい(131ページ)
という分析があるが、ウェブログについても同じように強者の立場から効用を語る言説が多いように思うのだ(筆名の意義をまったく考慮せず、実名・匿名の二元論で後者を腐したり)。もちろんその点に戦略的であればいいのだけど、著名人のブログがさも一般の人々のウェブログと地続きであるかのように効用を紹介するのは間違っているだろう。
本書を読んで、当たり前のことを当たり前に書いただけじゃないかと思う人もいるだろう。実際、そういう本ではある。しかし、ワタシは本書を貫く、研究者としての考察でありながら、同時にウェブログを書く無名人を中心に据えた目線の高さに新鮮さを感じた。
日記の基本タイプとしてその内容と作者の志向性から、備忘録、日誌、(狭義の)日記、公開日記の四種類に分類することに始まり、その多様性を認めながら継続意向を支える心理を考察する第三章、第四章は、ウェブログを始めてそう間もない、方向性を決めかねている人たちにこそ読むことをお勧めしたい。
個人的には本書で最も面白かったのは第二章である。歴史を丁寧に辿りながら、
ウェブログのコミュニケーション志向やコミュニティ性は、ブログ・ツールが日本にもたらされた時期より先に、あるいはそれと平行して、日本でオリジナルに開発された日記システムやサービスによっても実現され、そこにちょうど導入されたブログ・ツールとの共通性や相乗効果が、現在のウェブログの拡大につながった。(63-64ページ)
という認識に辿りつく、妥当な分析が本に載るのは個人的にとても嬉しい(あと引用されている松村太郎の文章には笑ったね)。
また本書の附録「ウェブログの歩き方」は、読者の役に立つアドバイスにして、しかも愉快な文章である。例えば、ウェブログの書き手たちに対してしばしば持つかもしれない感情として挙げている、
・ウェブログの書き手が自意識過剰に思えてばかばかしくなったり、世の中に何てバカなやつがいるんだ、と腹が立ってしまうかもしれない(そして、それなのにそのウェブログを読んでしまう自分に自己嫌悪してしまうかもしれない)。
がすごく受けた。こういうくすぐりどころもいくつかある本である。
本書を読み、どうして自分が YAMDAS Project というウェブサイトを通して自己表現を行うのか、またどうしてワタシ自身は自分のことをブロガーだとは思わないのかということについて考えたりもした。それで思い当たったのは、寧ろ本書の主張との差異なのだが、それについては別の文章で書くことになるだろう。
本書についての最新情報は、サポートウェブログが開設されているのでそちらを参照ください。