2009年04月13日
西原理恵子『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(理論社)
自分が読んでるいくつかのサイトで取り上げられていて面白そうだったので買ってみた。彼女の本を買うのは、実はかなり久しぶりだった。
本書は、故郷の記憶と両親との関係、上京してからの孤軍奮闘、漫画家としての成功、そして鴨志田穣と結婚と離婚、そして彼の死までを語る自伝エッセイであるが、書名の通り「カネ」の話が軸となっている。
彼女のファンならば、そこで語られるエピソードはほぼ既知のものばかりであるが、小学生のとき同級生のオカマのリョウくんと『真夜中のカウボーイ』(正確には『真夜中のカーボーイ』であるが、水野晴郎がどう言い訳しようが確かにこの表記であるべきだよな)と『イージーライダー』を観てはじめて物語にリアルさを感じ、
と気付き、表現に目覚めた著者が培ってきた仕事人としての倫理観がよく書かれている本だと思う。誰にでも、どこかにきっと、自分の心にちゃんとしっくりくる世界があるんじゃないか。もしないのなら、自分でそういうものをつくっちゃえばいいんだ!(24ページ)
「才能がある」っていうのは「それでちゃんとカネが稼げる」ってこと、「自分がどうやってそれで稼ぐのか?」を本気で考え出したらやりたいことが現実に近づく、「損したくない」ってことばかり考えていると人はずるくなる、といった一つ一つを取り上げれば、他の成功本でも読める話かもしれないが、まさに彼女が稼いできたカネに基づく実感が伴うので、さらりと読まされる。
でも、こんなふうに考えてみたらどうだろう。「やりたいことがわからない」、その問いに向き合うためには「カネ」という視点を持つのが、いちばん、シンプルに見えてくるものがあるんじゃないか。(197ページ)
もちろん著者自体は稀有な表現者なのだけど、「カネ」という視点について普遍的な話が読める本である。本書が広く読まれたらよいなと思ったが、例えば今の小中学生が本書を読んでどのような感想を持つのだろう。
だから大事なのは、単に「カネ」があるってことじゃない。
働くこと。働きつづけることが、まるで「自家発電」みたいに、わたしがその日を明るくかんばるためのエンジンになってくれたのよ。(118ページ)
彼女が働き続けることに固執するのは、子供時代に目の当たりにした貧困とそれがもたらす不幸の連鎖を断ち切りたいという想いがあったからである。
あのね、「貧困」と「暴力」って仲良しなんだよ。
貧しさは、人からいろんなものを奪う。人並みの暮らしとか、子どもにちゃんと教育を受けさせる権利とか、お金が十分にないと諦めなければいけないことが次から次に、山ほど、出てくる。それで大人たちの心の中には、やり場のない怒りみたいなものがどんどん、どんどん溜まっていって、自分でもどうしようもなくなったその怒りの矛先は、どうしても弱いほうに、弱いほうにと向かってしまう。(29ページ)
その「負のループ」から逃れたいという想いを共有していたはずの夫鴨志田穣がダークサイドに取り込まれてしまう。しかし、彼はそこから生還を果たす。そして間もなく逝ってしまう。分かってはいても本書のラストはぐっとくるものがある。
ワタシも一生働き続けなければならないんだろうなぁ。正直楽したいんだけど、それじゃダメなんだろうなぁ。
お金を稼げないと、そういう負のループを断ち切れない。生まれた境遇からどんなに抜け出したくても、お金が稼げないと、そこから抜け出すことができないので、親の世代とおんなじ境遇に追い込まれてしまう。(214ページ)
この本がはじめて買う彼女の本である人も結構いるだろう。でも、これだけで彼女を分かったつもりになっちゃいけないよ、とは書いておく。すごく良い本だけど、本書が結果的に隠蔽してしまっている表現者としての著者の一面があると思うからだ。