2015年04月06日
増井俊之『スマホに満足してますか? ユーザインタフェースの心理学』(光文社新書)
本書のことをブログで紹介したところ、著者より献本いただいた(本書のサポートページ)。
著者とはどういう契機で知り合ったかもはや思い出せないのだが、10年以上の付き合いになる。というか、ワタシなぞが「付き合い」などと気軽に書いてよい人ではないのだが、増井さんは昔も今もまったく偉ぶったところがなく、権威主義で相手を屈服させることがない人なのだ。
だから増井さんとやり取りする場合、特に技術的な興味による質問をされる場合、適当な返答は許されないところがある。もちろん、相手を立てて謙遜しておけば、みたいな対応は論外である。
昨年秋、二年に一度の個人的な恒例行事となっている iPhone の最新版への買い替えをすることを某所に書いたところ、既にあらゆる機能性において Android が iPhone を上回っているのに、なんで iPhone を買うの? と直球の質問をされ、返答に困ったことがある。
増井さんの質問は何かしらの政治的な意図によるものではなく、純粋に iPhone の何がいいのか聞いている。それに正面に回答できないということは、自分が惰性で行動する怠惰な Apple の囚人であることを認めることになる。
まぁ、実際そんなところなのかもしれないし、増井さん、あなた自身がその一部を担ったんじゃないですかとも言いたくなるが、それでは泣き言だ。(自分にとって重要な)音楽ファイルの管理と音楽プレイヤー機能において未だ iTunes と iPhone の組み合わせを凌駕する Android スマートフォンを知らない、というのを当方は理由に挙げたが、日頃から iTunes がバージョンアップするたびに不満をもらしている人間が言うのでは説得力はないかもしれない。
そんな増井さんの10年ぶりの単著のタイトルが『スマホに満足してますか?』で、帯の「みんなジョブズにダマされてる!?」という文句を見て、本書の内容を現状のスマートフォンのユーザインタフェースに対する強烈な批判と、それに対する著者が理想とするユーザインタフェース並び自作ソフトウェアの利点を強硬に主張する本を想像したが、そういう本ではなかった。
本書は、(スマホに限らず)コンピュータ全般の使いやすさを進化させるために必要な、「人間の心理や特性を理解し、新しい発想を育て、ウェブのトレンドを理解し、ユビキタスコンピューティング技術を理解し、頭を整理することができるような信頼できる安全なシステムを開発していく」流れに沿った本である。本書を読めば分かるが、さきほど「」内に書いたことがそのまま章立てになっている。
もちろん本書では、Gyazz をはじめとして著者が手がけたソフトウェアが存分に紹介され、その利点が語られているのだが(ジマンパワー!)、最初に「心理とデザイン」を持ってきたのがよかったのではないか。この章でその弱さや呪縛を含め人間心理とインタフェースやデザインの関係を語ることが、本書の寛容なトーンを決定づけているように思うのだ。
何かを発明する才能と評価する才能は同じではありません。評論家的才能と発明家的才能をあわせ持つことは難しいでしょうし、何もかもひとりでやる必要はありません。どちらかひとつでも才能があれば充分と考えるべきでしょう。「知識の呪縛」(P34)で説明したように、自分に何ができて何ができないのかを正しく知ることは難しいけれども大変重要なことです。(122ページ)
新書だからさくっと読めるかと思ったら、割合読むのに時間がかかった。本書は著者のインタフェース論のとっつきやすい、しかし厚みのある集大成になっている。そして集大成といってもこれで行き止まりということはなく、その合間に著者の「こんなものを作りたい」という所信表明が挟まれ、そこにむしろ若々しさを感じた。これからも著者の「実世界インタフェース」への取り組み、あとパスワードとの戦いは続くはずだ。
あと、著者は今風の「モノのインターネット(IoT)」を採用せず、「ユビキタス・コンピューティング」という言葉にこだわっているように見えるが、その理由は数理的発想法のインタビューに詳しい。
楽しく読めた本書だが、一箇所だけ気になったところを指摘しておく。164ページに「1979年末にPARCを見学しAltoのGUIに衝撃を受けたスティーブ・ジョブズが開発したLisaやマッキントッシュは商品として大成功し」とあるが、Lisa は価格などの理由で商業的には失敗したというのが一般的な評価だと思う。