2006年04月10日
大森望『特盛! SF翻訳講座 翻訳のウラ技、業界のウラ話』(研究社)
近年では『文学賞メッタ斬り!』など書評家としての仕事でもひっぱりだこの大森望さんが、ホームグラウンドと言えるSF翻訳について書かれた文章をまとめたものである(詳しい情報は著者によるサポートページを参照)。
本書はSFマガジンに6年以上連載した「SF翻訳講座」に大幅な加筆修正を加えたものが主だが、当方はSF者でないのでウェブマガジンが初出である西島大介氏によるインタビュー以外はどれも初めて読む文章であった。とても楽しく読むことができたし、また同時に翻訳者の端くれとして少し背筋が伸びる本でもあった。
といっても、序文にもあるように連載当時から「翻訳講座」になっていないという声があったように、読者を翻訳者(志望)に限定するものではまったくなく、SF翻訳業界を主な舞台として、翻訳を巡る楽しい話が読める本と思えば間違いない。
さて、当方をたまに「翻訳家」と呼ぶ人がいるのだが、翻訳家と呼べるのはどう見積もっても十冊以上訳書のある人であって、当方などはただの「翻訳者」に過ぎない。そういう人間からすれば大森さんは紛れもない「翻訳勝ち組」(笑)なわけで、そのサクセスの秘訣を是非知りたいと本書を手に取った……というのは冗談だが、件のインタビューを読んでも分かるように何より地道な努力と苦労の積み重ねなのである(ワタシも『デジタル音楽の行方』が売れることを願い、意識的に努力してみたつもりだが、本書を読んでまだまだ足らなかったなとうなだれた)。また大森さんの場合編集者出身で、その視点が現在の仕事につながっているのだろう。
本書はSF界における話が中心になるが、それとて基本は例えば小生が属する技術翻訳の世界とそう変わるものではない。本書を読むと、およそこの十年におけるコンピュータ+ネットワーク環境の進歩による翻訳環境の変化も分かって感慨深いものがあるが、その変化は単にパソコンの性能の向上とか Google に代表される検索性の向上にとどまるものではない。翻訳者自らが積極的にプレゼンテーションを行う環境が整ったことを意味する。本書は楽しく読めるだけでなく、翻訳者として読んでおかななという本の情報を含め、そうした時代においても有効な心得が多く含まれている本であった。
最後に読んでいて唸った一文を引用して終わりにする。
副業で翻訳をやりたいなら、定時退社で残業ゼロ有給休暇もたっぷりのヒマな職場を選ぶにこしたことはないが、忙しい人は忙しいなりに寸暇を惜しんで翻訳しているのだから、贅沢を言ってはバチがあたる。しかし、いったい翻訳という仕事のどこに、それだけの犠牲を払うほどの魅力があるのかという根源的な疑問には、まだ答えが出ていない。(190-191ページ)