2015年07月06日
オリヴァー・サックス『妻を帽子とまちがえた男』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
昨年、Amazon が選定した「一生のうちに読むべき100冊」邦訳リストを作ったのだが(米版、英版)、そのとき、もはや古典扱いされている有名な本でも、読んだようなつもりになって読んでないものが多すぎる。40過ぎてそれでは恥ずかしい。ぼちぼちでも読んでいこう、と手始めに買ったのが本書である。しかし、読むのに結構時間がかかってしまった。
本書は神経学者にして著述家として有名な著者の代表作である。著者の言葉を借りるなら「アイデンティティーの神経学」であり、病気(シックネス)を通して、精神(心理)と物質(肉体)の両者に分かちがたく結びついた話を集めた本である。
著者の本では『レナードの朝』が映画化されているが、本書自体の映画化でなくても、本書で語られる話は、記憶喪失の症例などさまざまな映画や小説のプロットに欠かせなかったことに今更ながら気付かされる。そうした意味で本書の影響はとても大きい。
多くの読者は、本書のタイトルにもなっている「妻を帽子とまちがえた男」の話を含む第一部「喪失」を面白いと思うのだろう。ワタシにしてもこれらの話にびっくり箱的な面白さはもちろん感じたが、ワタシが一番心を揺さぶられたのは、「追想」の話が多い第三部「移行」だった。これはやはり、年齢的なものもあるのだろうか。
特に、脳腫瘍を再発した19歳のインド人女性が、故郷であるインドの幻影を見るようになる「インドへの道」を電車の中で読んでいて、ワタシの涙腺は決壊した。かなり長くなるが引用させていただきたい。
日がたつにつれて、夢や幻はよりひんぱんにあらわれ、ひどくなった。もはや、ときどきではなく、ほとんど一日じゅうあらわれるようになった。彼女は、恍惚状態にあるかのようにうっとりとしていた。目を閉じていることも、開いていることもあったが、何も見ていないらしく、顔には、かすかにふしぎな微笑がうかんでいた。(中略)ひどく現実的な考え方をする職員たちでさえ、彼女は別世界にのだから邪魔してはいけないという気持になった。私もおなじ気持だったので、興味はもっていたが、詳しく調べるのは気がひけた。しかし、ただ一度だけこう聞いてみた。「バガワンディー、いったい君には何がおきているんだね?」
「私はもうすぐ死ぬんです。家へ、故郷へ帰るんです。帰郷するんです」一週間後、彼女はもはや外的刺激に反応しなくなった。まるで自分だけの世界にひたりきっているようだった。目は閉じていたが、顔にはまだうっすらと幸せそうなな微笑がうかんでいた。「彼女は故郷に帰っていくのです」看護師のひとりが言った。「もうすぐ家につくことでしょう」三ヵ月後に彼女は亡くなった。亡くなったというより、こう言うべきだろう、「ついにインドへの道を終えたのだ」と。
この文章などその最たるものだが、著者の文章には寛容と患者の尊厳への配慮が欠くことがない。知的障害の患者を主に扱った第四部のタイトルが「純真」であることなど少し気になるところもあるが、本書の読後感がよいのは、やはり著者の文章に一貫するものがあるからだろう。
これは書くか迷ったが、オリヴァー・サックスというと、ニューヨークタイムズに寄稿した文章が、3月に「がんの転移がわかって 残りの時間、濃密に生きる」という題で日本の新聞に転載されていた。個人的に符合することがあり、その文章を読んで打ちひしがれてしまった。
しかし、サックスの文章自体は名文としか言いようがない温かみと愛情深さが同居したもので、このような書き手を持てたかけがえのなさを思った。