yomoyomoの読書記録

2007年06月28日

ドン・タプスコット、アンソニー・D・ウィリアムズ『ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ』(日経BP社) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 日経BPの編集者より未校正の見本版をいただいた。このため、当方の感想が実際の本の内容と異なる可能性があることは了解いただきたい。例えば、当方は索引がないのを残念に思ったが、これなど実際の本にはあるかもしれない。

 当方は原書の執筆段階から本書に注目していたが、それは何よりタイトルに起因する。はじめに書いておけば、本書は Wiki についての本ではない。本書にも SocialText のロス・メイフィールドのインタビューが入っているし、Wiki への言及もいろいろあるが、本書の執筆のインスピレーションになったのは、おそらくは Wikipedia の成功であり、その創始者であるジミー・ウェールズだろう。

 もっともこれは予想できていたことである。本書はビジネス書に属するのだろうが、Wiki やオープンソースなどの理解もおおよそまっとうで、そうした意味で読んでいて危なげがない。もっとも『デジタル音楽の行方』にも重要な示唆を与えた『デジタルチルドレン』などの著書があり、Web 2.0 なんて言葉ができるずっと前から「集合知」を論じていたタプスコットからすれば、そんなの当然だと言われそうだが。

 Web 2.0 という言葉が出たが、本書の題名であり、オープン性、ピアリング、共有、グローバルな行動を四つの柱とする「ウィキノミクス」という概念はこの言葉と親和性が高く、そうした意味で Web 2.0 についての書籍を読んでいる人であれば、本書の内容もすんなり入ってくるだろう。

 逆に言えば、大体筋が読めると不満を持つ向きもあるかもしれない。確かにインターネットにより個人でも自由に革新や富の形成に参加できるマスコラボレーション、ピアプロダクションが可能になったという認識、そして必然的なグローバル志向やその未来をポジティブにとらえているところなど共通点も多い。

 それでも前述のジミー・ウェールズやリーナス・トーバルズといったフリーカルチャー、フリーソフトウェア系の人たちから P&G や IBM など言わずとしれた世界的大企業の人たちまでのインタビューを元にした内容の厚みは、著者の脳内とネットサーフィンの範囲で完結する類書とは一線を画しており、そうした意味で第5章「プロシューマー」、第6章「新アレクサンドリア人」、そして第7章「参加のプラットフォーム」が特に楽しんで読めた(第7章に「インセンティブの課題――無欲恬淡の文化の先へ」という話もあるなど、一方的な本でもない)。

 本書の説得力は個人を勇気づける面が間違いなくあるが、反面恐怖を感じさせるものでもある。「コモディティ化する者のコモディティ化」なんて言葉も本書には出てくるが、ウィキノミクスという言葉に象徴されるマスコラボレーションによる効率化、グローバル性は企業のカタチをダイナミックに変えうる。トーマス・フリードマンの『フラット化する世界』(本書において、オープンソースの理解に関し論難されている)ではないが、この新しい競争原理の中でワタシ自身はどうやって自分の価値を見い出し、生き延びられるのだろうかと暗く考え込んでしまうのも確かなのだ。


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