yomoyomoの読書記録

2010年11月29日

ジェームズ・スロウィッキー『「みんなの意見」は案外正しい』(角川文庫) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 本書を購入したのは第1回ウェブ学会シンポジウムの直後で、もう一年近く前になる。断続的に読んでいたらこんなに経っちゃった。

 今や集合知という言葉に関する古典になっている本書だが、Wikipedia などの成功例とあわせて Web 2.0 サービスの理論的支柱としてもてはやされたため、本書の原題である Wisdom of Crowds がチャールズ・マッケイの『Extraordinary Popular Delusions and the Madness of Crowds』に対するカウンター(著者は「オマージュ」と言っているが)だったことすら忘れがちである、というのは言いすぎだろうか。

 確かに非専門家の意見の集合が専門家の見立てを凌駕する事例が紹介される第一部は軽快で、小気味良い。もちろん著者の見解に疑問を感じるところもあって、例えば2002年サッカーワールドカップにおけるイタリア−韓国戦のイタリア敗戦の原因をイタリアサッカー界の体質に求めるのは、FIFA 自身最悪の誤審があったのを認めていることからすれば見当外れだろう。

 そうした疑問点はいくつかあれども、本書がいたずらに「集団の知恵(群衆の叡智)」を称揚するだけでなく、またそれが成立する条件をきちんと論じている。山形浩生が解説で書くように、本書の邦題は、その長所と論調の穏当さをうまく表現している。

 この日、市場が賢い判断を下せたのは、賢い集団の特徴である四つの要件が満たされていたからだ。意見の多様性(それが既知の事実のかなり突拍子もない解釈だとしても、各人が独自の私的情報を多少なりとも持っている)、独立性(他者の考えに左右されない)、分散性(身近な情報に特化し、それを利用できる)、集約性(個々人の判断を集計して集団として一つの判断に集約するメカニズムの存在)という四つだ。(31ページ)

 この四つの要件のいずれかが欠けると「みんなの意見」は「集団の知恵」でなくなる公算が高い。これが難しいわけだ。

 だが、現実に独立性を確保するのは難しい。人間は自律的であると同時に社会的な存在である。人間はつねに周囲から学びたいと思っているが、学びはつまるところ社会化のプロセスでもある。(70ページ)

 本書には、人は自分の判断を過大評価しがちな話、特に社会的地位が高いと自分の専門外でも口を出したがる話が出てくる。それに「多様性」も曲者で、重要なのは社会的多様性ではなく認知的多様性である。訳者があとがきで指摘しているように、アポロ13号の頃とコロンビア号の頃を比較するに、前者のほうが真の多様性があったという話は、我々がいかに肌の色など外見的な多様性で満足しがちか示唆的だと思う。

 買う前から本書についてはいろいろ聞いていたので、第一部の内容はある程度予想の範疇だった。しかし、第二部はむしろ「専門家」が対象となる話が多く、最初意外に思った。だが、上記の四つの要件を満たすことがいかに専門家が正しい仕事をするのにも有効か(逆に言えば、現実にいかにそれが欠けているか)を説くこの第二部は本書の射程を広げているのではないか。

 最後の第12章「民主主義」は穏当なようで結構すごいことも言っていて、著者の見解の多くに肯くものの、でも集合知としての民主主義を考えた場合、ワタシの理解力の問題でまだまだ納得できないところが多いなとも思った。


[著者名別一覧] [読観聴 Index] [TOPページ]


Copyright © 2004-2016 yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)