2013年09月05日
ランダル・ストロス『Yコンビネーター シリコンバレー最強のスタートアップ養成スクール』(日経BP社)
日経BP社の高畠さんに献本いただいた。
最近、人種差別主義者の汚名まできせられてちょっと株を下げたポール・グレアムだが、彼の文章は『ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち』に収められたものをはじめとして、その容赦のなさには教えられるところが多い。
ロバート・モリスらと起業した Viaweb を Yahoo! に売却して百万長者になった後、仲間たちとスタートアップを養成する側にまわったのはある程度予想できる流れだが、彼らのスタートアップのブートアップキャンプといえる Y Combinator の、多数のソフトウェアスタートアップに一定割合の株式と引き換えに比較的小額の一括投資を行い、短期間に集中して成果を出させてそれをデモ・デーで披露するというモデルは、多くのベンチャーキャピタルに模倣されることとなるが、成功した同窓生ネットワークを込みにした信用性の資産はまだ一日の長がある。
本書は、Y Combinator のそうした「資産」を踏まえつつ、2011年夏学期に集ってきたスタートアップを中心に取材した本である。原書の時点で面白いという評判を聞いていたが、その通りでスリリングですらあった。
ギークによる世界征服をもくろむグレアムだが、その視線はシビアである。Y Combinator に集まり、グレアムらの審査を通過し、彼らの後援を得る創業者たちはものすごく頭の良い連中だが、それでも成功する保証などどこにもなく、グレアムが俊英たちにかける言葉も厳しいものが多い。
起業というのは辛い仕事だ。インターネット版の風俗営業のようなものだな。しかし、決して虚業ではない(39ページ)
もしきみたちがセールスアニマルでないなら、そうなるように自分を強制するんだ。たとえそれがどんなに不快だったとしても(217ページ)
本書では、グレアムたちの叱咤のもと、成功してやろうとしのぎを削るスタートアップのいろんな背景を持つ創業者たちがよく描かれていて面白いし、(『リーン・スタートアップ』的な意味で)スタートアップを始めたい人には必読の本に違いない。
しかし、現実は厳しい。ワタシなど Y Combinator のモデルはうまいもんだと思うし、実際 YC の6年間の投資の収支をみると立派なものだと思うのだが、実はそのポートフォリオの大部分は Dropbox が占めているのも現実なのである。今後の YC の未来もまた「次の Dropbox」が出るかどうかにかかっている。すこぶる合理的でスマートなグレアムたちでもそういうバクチに賭けているところがあるのは興味深い。
合理的というと、YC がさっさとボストンからシリコンバレーに移るところもそうだが(この二つの都市の対比はグレアムも書いているし、アナリー・サクセニアン『現代の二都物語 なぜシリコンバレーは復活し、ボストン・ルート128は沈んだか』に詳しい)、飽くまで対面での対話を要求し、シリコンバレーへの学期間の移住を投資の条件とする YC のポリシーも合理的に思えるが、昨今伝え聞くシリコンバレーの尋常でない家賃事情を知ると、意外なところでそのモデルが足を掬われることもあるのかもしれない。
あと冒頭で彼が人種差別主義者呼ばわりされた話に触れたが、本書にも彼のインタビューでの発言を後に揚げ足とられ、YC に女性起業家が少ないのは女性差別ではないかと批判された話が割りと正面から取り上げられている。