yomoyomoの読書記録

2010年01月25日

ラハフ・ハーフーシュ『「オバマ」のつくり方 怪物・ソーシャルメディアが世界を変える』(阪急コミュニケーションズ) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 江坂健さんから献本いただいた。

 バラク・オバマが大統領になって一年が経ち、医療保険制度改革法案の成立が危ぶまれるなど支持率の低下とその苦境が日本でも伝えられている。そうした意味でタイミングが悪い感じもするが、本書はバラク・オバマの政治理念や実行力についての本ではない。本書の原題は Yes, We Did で、それがオバマの大統領選挙のスローガンに由来するのは言うまでもないが、本書はドン・タブスコット(序文を書いている)の下で働いていたときに同名のビデオに衝撃を受け、オバマの大統領選挙運動に身を投じることとなったニュースメディア・ストラジテストである著者が、その「オバマ」ブランド確立の内側を描いたものである。

 この本は選挙戦略の「ハウツー本」ではない。過去2年間に起きた出来事の伝記的な解説でもない。私が関心があるのは、人々を動かし、真の重要な変化(チェンジ)を実現する上でテクノロジーが果たした役割だ。この本ではオバマ選対本部の選挙運動を「ソーシャルメディア」の視点から追跡して、あらゆる組織運動に応用可能なヒントと戦略的な考察を紹介していく。(20ページ)

 オバマが大統領選挙に勝利した大きな要因としてネット活用の成功がよく言われる。しかし、マーティン・ファウラーの「ソフトウェアとオバマの勝利」のような例外を除けば、その内側からの分析はあまり知らない。本書の内容が日本でそのまま通用することはないのだけど、その実際的な分析に学ぶところは今でも多いだろう。

 オバマについては選挙戦の資金を企業に頼らず小口の個人献金に頼ったこともよく言われるが(彼が集めた献金7億5千万ドルのうち、ネット献金が5億ドル)、本書に書かれているソーシャルメディア戦略は、意地悪にみれば「いかにして支持者に献金をさせるか」に大きな力を割いているともみることができ、その巧さに感心すると同時にいささか呆れもする。こんなに献金、献金言われたら、いったいそれだけお金集めて何に使ったんだと言いたくもなる(上記の通り、本書にそれについてのツッコミがないのは問題ではない)。

 もちろん本書はそれだけではなく、選挙戦を通じた変化も追っており、ソーシャルメディアを利用した個人の声の引き出しとともに、オバマが「経験不足の新人」から「退屈な政治に新しい活力を吹き込む変化の旗手」に変わった過程がみえる。

 また選対本部のネット戦略が魔法にように生まれたものでなく、草の根ムーブメントの手本としてハワード・ディーンがあり、またジョージ・W・ブッシュ陣営の統計手法を利用した「カスタマイズされたメッセージ」といった2004年大統領選挙時のやり方を応用したものであるのが分かる。

 日本でも「民主主義2.0」というのが言われ、それにはインターネットを通じた選挙運動の本格実現が必要だが、本書の内容はそれを勇気付ける内容だけではない。本書で説かれる成果の多くは支持者の自発的な電話勧誘や戸別訪問に還元されている。どちらも地道で泥臭い作業である。「ネット利用で選挙運動はずっとスマートになる」と思っている人たちには嬉しくない話かもしれないが、「どぶ板選挙のアウトソース」と意地悪にみることだってできる。それを忘れてはいけない。

 オバマの選対本部が公式ページを作った SNS は、4大 SNS と言われる Facebook、MySpace、LinkedIn、Twitter をはじめとして16に及ぶ。本書はその使い分け、効果的な使い方指南としても(深い分析はないが)面白く読める。特に MySpace において先に一個人による非公式ページが作られており、そことのトラブルとその解決の話は特に興味深い。

 しかし、本書を読んで印象に残るのは、オバマのメッセージに共感し、その選挙戦に馳せ参じた個々人の話であり、そうした人を動かす言葉の力なしにはソーシャルメディア戦略も何もないということだ。すべて人間がやることなのである。

 ただし選対本部から発信されるメールには3つの大原則があった。リスペクト(相手に敬意を払う)、エンパワメント(力を与える)、インクルード(仲間にする)だ。(152ページ)

 そしてまた、これだけ大統領選挙というものに熱くなれるアメリカ人をある面羨ましく思ったり。Google での Chrome 開発の仕事を投げ打って分析チームを率いることになるダン・シロカーはその Google でオバマの講演を聞いて衝撃を受ける。

「急いで恋人と弟に電話して、(オバマは)半端じゃなくすごいやつだ、こんなに誰かにほれこんだのは生まれて初めてだと、メッセージを残した」と、彼はブログに書いている。「でも頭の片隅では、この高揚感は独裁者や暴君のイデオロギーに大衆が酔った感じと似ているんじゃないかという心配もあった。だから自分の判断が正しいか時間をかけて考えろと、自分に言い聞かせた」(229-230ページ)

 大統領選挙の勝利の後、選対本部のニュースメディア・チームは機動的に選挙運動を仕切った組織から、一つの政府機関に生まれ変わっている。それは最近の iPhone アプリのローンチを見ても分かるし、「プラットフォームとしての政府」の実現をワタシ自身も期待しているし、オバマには良い仕事をしてほしいと切に願っている。

 最後に一つ誤植を見つけたので報告まで。196ページに『コルバート・リポート』とあるが、これは『コルベア・リポート』(あるいは『コルベア・リポー』?)が正しい。


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