2006年05月29日
筒井康隆『わが愛の税務署―自選短篇集〈6〉ブラック・ユーモア現代篇』(徳間文庫)
筒井康隆『わが愛の税務署―自選短篇集〈6〉ブラック・ユーモア現代篇』
久しぶりに筒井康隆が読みたくなり、ここ数年出ている自選集の中から未読の短篇が多いものを選んでみた(「普金太郎」だけ既読)。
本書に八編のドタバタに分類される短篇が収録されているが、同じ敷地に二軒家を建ててしまった二組の夫婦の同居生活を描いた「融合家族」が一番バカバカしくて、しかもちゃんと考えられていて楽しい。「地獄図日本海因果(だんまつまさいけのくろしほ)」は北朝鮮を題材としているが、40年近く前に書かれた短篇がほぼそのまま通用するのが恐ろしいとか、「わが愛の税務署」はたかだか白色申告ごときでゲシュタルト崩壊を経験した人間としては読んでてあまり楽しめなかった(でも、一番最後の「作者註 この小説に登場する個人・団体に特定のモデルはありません」には爆笑した)……といった感想はいろいろあるが、個人的には「コレラ」が一番興味深かった。
これはカミユの『ペスト』のパロディーのようでそうでないという作品で、今これを誉める人はいないと思うが、「かくして大東京は精神的荒野となり、今や世代の断絶とか愛の不毛とかいった甘ったるいなまぬるいものではない、そこには孤立した個人の存在しか許さなくなってしまったのである。(77ページ)」という状況にいたるまでを、阿鼻叫喚のスカトロジー描写とともにこれの何倍もの分量で描ききっていたら、間違いなく彼の代表作になっていたと思う。まあ、それは無理な注文なのだろうな。
これは地方では現在もある話だなと思わせる「旗色不鮮明」をはじめ、本書の短篇の題材はどれもなじみのあるものだが、個人的には「普遍的」というよりも、むしろ「凡庸」とという形容が浮かんだりもした。