天皇数


この文章は、某所に筆者を含む数人が書きこんだ内容を元にして書かれたものである。この文章を書く鍵となるアイデアを与えてくれた愛の死体安置所を管理する危険人物に心から感謝する。

 Stanley Milgram というアメリカの社会心理学者がいる。1984年に死んでいるし、多分これからもずっと死んだままだろうから、「いた」というのが正しいのだが、主な著書に「服従の心理」(1974年)があり、一般には「アイヒマン実験」などで知られている。詳しいことについては The Stanley Milgram Website で調べるのがよかろう…などと偉そうに書いているが、実は僕自身彼のことを知ったのはごく最近のことである。現在訳している文章の中に、彼の名前と彼が唱えた「小さな世界仮説(Small World hypothesis)」が出てきたからだ。

 この「小さな世界仮説」というのは、簡単に書くと「ある人から始めて、知り合いの知り合いを六人ぐらい辿っていけば、世界中の誰にだって到達する」というものである。どこかで聞いたような話じゃない? というか、一度は誰でも似たようなことを考えたことあるのではないだろうか。

 Milgram はマサチューセッツ州にゴールになる人を設定し、ネブラスカ州の人から出発し、知人を経由して手紙を転送していき、実際にゴールとなる人にたどり着けるかどうかを調べている。そして、知人のネットワークをうまく利用することで、意外に早くゴールに到達することが分かり、この仮説に至ったわけだが、当然ながらこれは仮説どまりであり、厳密には証明できんでしょう。


 少しでも突き詰めて考えてみれば、この仮説に結構穴があることが分かる。しかし、Milgram 自身思いつきレベルの発想を大切にした人のようで、この場合はその発想が良い方に作用し、この仮説は一般にも広く知られることとなった。「6人辿れば」というのは、"Six Degrees of Separations" として慣用句化し、それをタイトルに冠した映画もできた(邦題は「私に近い6人の他人」)。

 Milgram の実験は60年代に行われたので手紙を利用しているが、今やインターネットが全世界的に普及している。手紙を電子メールに置きかえた実験を行う動きはいろいろあるようだし、テレビ番組でも似たような企画があったような。

 それはともかく、Milgram の仮説がなければ、「ケヴィン・ベーコン・ゲーム」も生まれなかっただろうと思う。これの元サイトは現在も健在だ。

 ただこれがひどく受けたのは、Milgram の発想の面白さによるのではなく、ケヴィン・ベーコンを基準に据えるというコンセプトの勝利だろう(これもまた単なる思いつきらしいのだが…)。もちろん彼よりも映画界の中心に近い役者というのは何人でもいる。しかし、ako さんも書くように、それでは面白くないのだ。まあ、それなら何故ケヴィン・ベーコンなら笑えるのかとなると、それはもう神秘の領域なわけだが。


 …と考えながら、某所に Milgram について調べたことを書きつけてしばらく経ち、@IT で鈴木純一の「世界は狭い?」という文章を見つけた。前半部の内容が思いっきりかぶっている。まさに世界は狭いわけだ(笑)。

 しかし、この文章を読んで初めて知ることもあった。二匹目のドジョウってのも人間が考えたがることなのだが、「モニカ・ルインスキー数」というのもあるらしいのだ。ケヴィン・ベーコン数なら「共演つながり」、もう少しアカデミックな世界での Erdos number なら「共著論文つながり」というはっきりした基準があるわけだが、彼女の場合一体何つながりだろう。「不適切な関係つながり」ってか?

 それはさておき、このゲームの舞台を日本という国に置き換えたらどうなるだろう。日本におけるケヴィン・ベーコンという意味ではない。日本という国の中心に来るのは誰か、そして我々はそこからどの程度離れているか、ということだ。

 権力の中枢ということなら、総理大臣になるのだろうか。しかし、それが本当に日本の中心といえるのだろうか。やはりこれは「日本国の象徴」でしょう。そういえば、一つ前の総理大臣だった人も、「日本は天皇を中心とした神々の国である」と堂々と言い放っていたしね。

 個人的にはこの言葉を聞く度に、今は亡き(でもないのだが…)河上イチロー氏が作成した、天皇陛下のシルエットの周辺に麻原某、池田某、高橋某といった人達を配置して件の発言を視覚化した画像が頭に浮かび、今でも笑いだしそうになって仕方がないのだが、それはどうでもよい。「天皇数」について考えてみよう。


 この場合「共演」というのはありえないので、直接口を利いたことがあるとか、皇族が同じクラスだったとか、そうしたものでつながりとみなし、知り合いつながりを辿っていこう(沿道から見た、とかいうのは駄目)。

 コツ(?)としては、園遊会に出たことのある著名人とのつながりから辿ることだが、大抵の人は途方に暮れてしまうだろう。

 不謹慎を承知で書かせてもらうなら、これが昭和の時代なら話は違っていただろう。お国のため、天皇陛下のために多くの日本人が命を落としたのだ。「その人のために命を失う」…これ以上の「つながり」あるか?

 もちろんそれが下々の者にとって幸福なことであるわけはない。だが、それなら現在の皇室と国民の関係が幸福かと言えば、やはりそうは思えない。ここらへんの話をしだすと厄介なことになるので短く済ませたいが、少なくても天皇制はかつてのように国民にとって機能しなくなっているのは確かである。さらに言えば、もう役割を終えたのではないか。一体何をもって現在の皇族を、その長である天皇を「日本国の象徴」とみなせるというのだ。

 僕は右翼ではないが、見沢知廉が書くように、天皇は京都に戻って祭祀的なことに専念した方がよいのではないかと思うときもある。個人的には天皇制自体どうでもよいし、別になくたってよいのだが、僕がどう考えようと、これはそう簡単には変わらないことはよく存じております。


 さて、話がやばい方向に進みそうなので元に戻す。僕自身の天皇数は何になるのか考えてみたところ、意外にも近いところにつながりがあるのに気付いた。僕の天皇数は2である。父親が、天皇から下賜品の煙草をもらったことがあったからだ。ま、もちろん天皇陛下から直接手渡されたものではありませんがね。

 要は、僕の父親の勤務先を天皇陛下が視察したことがあり、そのときにもらったもののはずだ。危うく警察にパクられそうになった過去を持つ人にとっては身に余る光栄である。僕もその菊の紋章のついた煙草を見たことがある。しかし、そのとき僕は一つ重大なことに気付いた。既に二本ほど欠けているのだ。父親に尋ねてみると、ちょっとためしに吸ってみたとのこと。

 僕は怒った。愛国心からではない。そのまま保管しておき、時期を見て売れば小金になると踏んだからだ。まったくしょうもないクソガキであるが、僕は父親を叱責し、やはりこの人は金持ちになるタイプではないなと冷静に考えたことを覚えている。

 が、そこまで思い出して一つ疑問がわいた。父親が現役を退いてから結構な年数が経つ。その下賜品にしても、十年以上前の話なはずだ。まだ「昭和」の頃の話かもしれない。一応ここではそれが重要なのだ。


 これは僕の方で思い出すにも限界がある。本人に聞くのが一番だ。僕は実家に電話した。

「ところでオヤジ天皇からタバコもらったことあったでしょ。『カシヒン』ってやつ」
「あん? 天皇? …ああ、随分前にね」
「あれって何年前の話だっけ? 昭和の話、平成の話?」
「えーと…あれは…うん、もう平成になっていたと思う…そうだね、今の天皇からもらった」
「ほうほう、そうですか。しかし、あなたその貴重なタバコを吸っちゃったんだよね」
「えっ…、ああ、菊の御紋がついてたねぇ」
「それを吸うかね。普通そのまま残しとくもんでしょ」
「そうか?」
「そうだよ。それに吸ったら不味かったとか言ってたじゃない」
「(小声で)あー、ありゃ不味かった。ま、売りもんじゃないんだし…」
「フォローはいいんだけどさぁ。ところで、あれ今も実家にあるんですか?」
「ああ、あれね。もうない(きっぱり)」
「ない? どうしてまた。何本か欠けたら売れないだろうし…誰かにあげたわけ?」
「そんなことするもんか」
「じゃあなんでないわけよ」
「うん? …まぁあね」
「……アナタ、ひょっとして全部吸ったわけ?」
「まあ、そういうことになるのかな」
「呆れた、下賜品だぜ。二本吸って美味くないことは分かってたはずだろよ」
「でも煙草は吸うためにあるもんだろ!」
「いや、それはそうなんだけど。何で俺が怒られるわけ? で、何本吸ったの?」
「煙草の一箱は20本に決まってるだろ!」
「下賜品までそうなんだ…って、そんなこと聞いてんじゃないよ。大体吸うかよ。それも全部かよ。あなた保守党シンパでしょ? 小沢一郎支持者でしょ? 田中角栄ラブな人でしょ? 天皇陛下マンセーの人でしょ?」
「マンセーって何だ?」
「ああ、こりゃ失礼。でも呆れたよ、まったく。で全部吸って、味はどうだった?」
「(小声で)やっぱり、不味かったねぇ」


 というわけでワタシの天皇数の証しは煙とともにとっくに消えていたわけだ。個人的にそれで何がどう変わるというのでもない。それはともかく、みなさんの天皇数はいくつですか?


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初出公開: 2001年12月17日、 最終更新日: 2002年04月01日
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