YAMDAS全更新履歴(2001年9〜12月)


 YAMDAS Project の全更新履歴を更新が最新のものから順に参照いただけます。

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2001年12月

[2001年12月17日]

コラム・ライブラリ「天皇数」を追加。

この文章ははじめに書いている通り、YukiWiki でのやり取りが元になっている。しかしこうして文章に起こしたのは、八木さんの「数」を「教」と間違えたという書きこみ、そして「日本の中心」の示唆の二つでスパークが起こり、頭の中で本文の構想がたちどころに浮かんだからだ。つくづくこの人は危険人物だと思う。僕と同じ年だったと思うが、この人と酒を飲んだら、一時間後には罵り合いになりそうな予感すらある。もちろんこれは賛辞として書いている。

で、完成してみると何ということはない凡庸な雑文になってしまって情けないのだが、本当は昭和天皇に関する言及が二箇所あり、これは問題になるかもしれないと自粛させてもらった。何しろ今自分の文章についてあまり時間が取れないので、引くところは引かざるを得なかった。

さて、この文章が今年最後の文章になる(と思う)。今年も終わりである。当方にとっては、約二年半続いた軽鬱状態から脱し、ようやく平静に戻ったと思ったら、最後は公私にわたりいろいろあり、それどころではなくなったというのが正直なところだ。自分が今年どんな文章を書いたかも忘れてしまった。

今思うのは、とにかく今苦しめられている仕事を終わらせ、またこのサイトを更新できる状態に戻りたいということだけだ。現実に戻れば、お先真っ暗である。そうはいかないかもしれない。でも僕はまた戻りたい。読者の皆さん、よいお年を。

[2001年12月07日]

しょうこりもなく「プログラマへ64の質問」に答えてみるを追加。しかし実際にはほとんど答えてない。

この手の「〜に○○の質問」というのは大抵くだらないし、これも例外ではない。今回は特に回答も面白くない。それならどうして回答して公開するのか。

前回の今更だが「テキストサイト管理人に100の質問」に答えてみるの場合は、「この答えを公開したい」と思う回答が二つあったからだ。具眼の士はそれをちゃんと見ぬけるようで、一つはあいばまことさん、もう一つは2ちゃんねるの名無しさん(笑)が見ぬいていた。

今回は Wiki のプロモーションという側面もあるし、自分自身あっと驚くような回答が一つできたというのがある。どれかお分かりだろうか。もちろん分からなくてもあなたの人生には何の損失もないが。


2001年11月

[2001年11月11日]

Linux 2.4 NAT HOWTO を更新。

先にこっちにこんなことを書いてはいけないのだろうが。

もう、駄目かもしれない。

元々僕の能力で負える仕事ではなかったのだろうか。今週一週間で何らかの決断が必要になるだろう。これが僕の限界だとして、何と底の浅い限界か。

一番は僕の能力の問題だ。しかし、この秋、僕の身内で悲しいことが多すぎた。そして、中期的に考えて、僕自身の人生も含め、それらは暗転していくことが見えている。

というより、その前に何かしら終わることになる。


2001年10月

[2001年10月27日]

netfilter/iptables FAQ を更新。あとyomoyomo の読書記録にシェイクスピア「マクベス」を追加。まだまだ当分は開店休業状態が続きます。ご了承ください。

この秋、トータスが来日する。ベル&セバスチャンも来日する。おまけに両方ともワタシが住む田舎まで来てライブをやってくれる。はっきりいってとんでもない幸運である…のだが、どちらにも行かないだろう。

今取りかかっている作業のせいで忙しくてたまらんというのが一番にある。ライブなんか行ってる場合じゃない。が、それだけではない。同じくらい大きいのが、僕のあまり広くない交友関係において、一緒に行く人間がいないということだ。つまり、トータスやベルセバ(のような洋楽)を聞く友人が周りにおらんのだよ。

これまで何度か一人でライブに足を運んだこともあるのだけど、前述の通り多忙なところで時間を取り、一人で立ち見するのも悲しいので諦めることにした。

うちが有名サイトで、ワタシがその筋(どの筋や)で有名ならば、トップページで呼びかけでもすれば、チケットを売ってくれたり、お声がかかったりするのだろうか。こういうときだけ、都合良く人気サイトにあこがれたりする。

この一週間トップページの「今日の〜」すら更新できなかった。ネタがなかったのではない。原因はファミリー・アフェアーである。これから更新がないとしてもそういうことだと思って欲しい。今の僕は祈ることしかできない。

[2001年10月01日]

蘊蓄linksの、「蘊蓄抜きでリンクしたいサイト」恒例の入れ替え。これからなかなか更新できんかもしれんので、忘れないうちにこれをやっておく。

やるべき作業が一向に進まない。腹が立つやら情けなくなるやら。こうしたとき僕の悪い癖が出て、何か梯子を外されたような気分にもなる。もう少し助けてくれてもよいではないかと他人に依存する心が出てくる。これで本当にやり通せるのだろうか。


2001年09月

[2001年09月25日]

yomoyomo's Music ColumnKEEPERS への連載)第16回目を公開。KEEPERS 原稿もこれでひとまず休止。

念願のニュー・オーダー原稿だったのだが…嗚呼。文章に書き忘れたのだが、実はワタシのノート PC の壁紙は、「ロウ・ライフ」の裏ジャケのギリアンの画像なんです。

編集部に連載休止の連絡をする予定が、そのメールを書く精神的余裕がなく…というか単にものぐさなため、連絡しそびれ、今回まで書くことにしたはいいがやはり時間的余裕がなく、タイムリミットを決め、その5分前までひたすら書きつづけ、残り5分で校正して送信するというとんでもない手法で書かれた文章。こういうことは二度としてはいけない。内容もかなり荒いはずだ(読みなおす気持ちになれない)。

休載を了承してくださった KEEPERS の上原さんに感謝したい。次回書くときには(そのとき載せてくれれば)、URL が http://www.keepers.jp/ になっているはずだ。

[2001年09月17日]

コラムライブラリ今更だが「テキストサイト管理人に100の質問」に答えてみるを追加。

本文中にも書いたことですが、当サイトはこれから当分の間(大体半年を目処に考えておいてください)、休止状態に入ります。実はまだ話が完全にまとまったわけではなく、そこまで言いきっていいのか不安なのだが。たまにちょぼっと更新できなくはないと思うのだけど、自分がこれから携わる仕事量が尋常でないため、少なくとも気合の入った技術コラムと翻訳については、当分の間まず書けません。どうかその旨ご理解ください。正直なところ、読者の方々にも協力してほしいくらいなのだが、自分の都合の良いときばかりに助けを求めるのは虫がよすぎる。もう目星をつけている犠牲者(笑)をのぞけば、一人で抱え込まなくてはならない。まあ、新作文書が書けなくても、これまで通りトップページに「今日の〜」シリーズをたまにでもかましますので、生きていることぐらいは分かるでしょう。

今回の休止の原因はネガティブなものではなく、当サイトを閉鎖するつもりもありませんので、そこらへんについてはご安心ください。半年もすれば成果も出てくるでしょう。それが出なければ、僕が永久に皆さんの前から姿を消すだけの話です。ともかく、ちゃんと生きてはいますので、既存の文章へのフィードバックはこれまで通り歓迎しますし、メールの受け答えはできるだけやっていきますので。

さて、世界貿易センタービルなどを舞台にした、同時多発テロ事件のことでもちきりである。いろんな人がいろんなことを書いているので、特に僕が書き加えることもないのだけど、ただいくつか書いておくとすれば、結局のところここに至る原因を突き詰めてみないと話は何もでてこないわけで、それをしないまま報復の是非を問うても仕方がない。少なくとも「報復は当然」という言葉が日本人から出ることはちょっとおかしいわけだ。しかし、一方でアメリカは間違いなく報復攻撃を行うだろう。だから、それを前提にして実際的な話を進めないといけない。戦争をただそれというだけで嘆いても仕方ないわけである(早くも我々は「戦後」に備えなくてはならない!)。

でもみんななんであんなに自信ありげに書けるんだろうな。僕にはまだ何も分からない。知りたい情報はあるし、あれだけ時間を割いてニュースをやっているのに、まだあのハイジャックが巧妙なものかそうでないのか、あの事件直後に流された「アメリカの悲劇を大喜びする群集の映像」が本当のものなのか(つまり中東各国における世論)、よく分からんのだ。いずれにしても、朝日新聞の社説、そして Yahoo! 本家の掲示板に「Congratulation!!」という書きこみをした日本人のバカ、この両者は同等に最低だ。

「誰もが世界のどこがおかしいのか知っているのに、僕は自分の中で何が起こっているのかすら分からない」というマット・ジョンソンの歌詞を思い出す。テロのあった日、ベンジャミンから電話があった。当然ながら、彼も大変興奮していた。僕もその時点でニュース速報にチャンネルを合わせてはいたが、自分の仕事に取り組むので精一杯であった。面白いことに、彼は僕のそうした状況にも察しがついていたようだ。10年来の友人になると、この「YAMDAS全更新履歴」における記述だけでも、分かることは分かるらしい。

[2001年09月09日]

netfilter/iptables FAQJF において公開。Linux 2.4 マシンをルータにする人には必須の文章です。

まさかまた JF に貢献することがあるなんて夢にも思わなかった。Linux 2.4 NAT HOWTO に関するアレコレがあった(以下、自主規制により削除)。

それなら何故訳したかというと、やはりこの文書の(長さの割りの)有用性がある。UNIX USER だったか、netfilter/iptables を取り上げた記事があり、その中でこの FAQ が役に立つ、といった記述があったように思う。またそれからしばらくして、とある Linux 使いの方のウェブ日記に同様の記述を見かけたことがあり、これは誰かが訳さないといけないと思った。誰かが僕であってもよいはずだ(いいんですよね?)。

最近では DOS/V Magazine でも、「Linux でブロードバンドルータを作る」といった記事が載っていたはずだが、CATV や xDSL といったブロードバンドが普及し、ルータとしての Linux マシンというニーズも出てくるわけだ。Linux 2.4 系マシンでそれをやろうとすると、netfilter/iptables の利用が必須になる。2.2 系の ipchains とは異なり、iptables はカーネルから独立している。いざ導入しようとしてつまずく人もいるはずだ。そのときこの FAQ の日本語訳があるのとないのとでは違ってくるだろう。

この訳文ははじめから JF に contribute するつもりだったが、自分なりに気持ちの整理をつけなくてはならなかった。よかったと思うのは、前回捨て台詞を吐かなかったことだ。実は、2.4 NAT HOWTO を訳し終えたら、一つ書いてやろうと思っていたのだが、極めて珍しいことに自制心が勝り、思いとどまっていた。それでよかったと思う。

[2001年09月03日]

Technical Knockout翻訳を巡ってだらだらと書いてみる(3)を追加。「お笑いパソコン日誌」で無視されながら続いてきた(笑)シリーズ一応の完結編。

先日、身に余る光栄、という表現がぴったり来る素晴らしいオファーをいただき、感激した。いろんな人に感謝しなくてはならない。しかし、自分がその任に耐え得るのか、というのは正直疑問であり、慎重に検討しなくてはならない。僕一人が好き勝手やることではないのだ。その選択次第では、僕一人が好き勝手やっているこのサイトにも大きな影響が出る。つまりは、更新頻度が激減するという形で。できればそうなってほしい。

週末本屋に行ったとき、「Gateway SUPERBOOK」8月号を見つけ、これは貴重だと一冊拝借した…のだが、今考えればとりあえず五冊ほどもらってくればよかったか。何しろこれが最後なのだしね(そうでしょ?)。

自室にはパソコンが二台あるのだが、そのうちの一台(ミニタワー)は Gateway のマシンだ。97年末に買ったもので、主力ではないが、現在でも Linux テストマシン+CD-R 焼き焼きマシンとして活躍している。

日本ゲートウェイ撤退については「ある社員が語る“ゲートウェイの最期”」あたりが最も確かなニュースなのだろうが、僕は1ユーザとして、一貫してこの会社のマシンに深い愛着があった。一度ハードディスクがいかれてサポートのお世話になったときも、「良く分かった」サポートの方に応対してもらったし。そのときハードディスクを交換してもらったのだが、4GB のハードディスクが 5GB に交換され、大喜びしたものだ。まったくこの世界は時の流れが速すぎるよまったく。

「Gateway SUPERBOOK」は当サイトの20万アクセス時のプレゼント品として活用するとして(もらってくれる人いるのか?)、このニュースを聞いたとき多くの人達が連想したであろう文句を書かせてもらう。

牛よさらば


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初出公開: 2001年09月03日、 最終更新日: 2002年05月06日
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