YAMDAS対談 第11回

医学生の心配、患者の心配


 yomoyomo(技術者の端くれ、以下)と海坊主(医者の卵、以下)の与太話。1999年10月10日電話にて。


:君がくれたメールの中に国の医者減らしについて書いてあったけど、三つトピックを挙げていたよね。それについて聞きたいのだけど、まず「国家試験の不透明化」というのはどういうことかい。

:不透明というのは適切でないかもしれないけど、例えば普通に試験を受ければ、配点もちゃんと決まっているから自分が何点取ったか自己採点して分かるわけだよな。そして何点以上が合格と分かれば自分がどっちか明白に分かるわけだ。でも(医者の国家試験の場合)正解率の高い問題を間違うとそれだけで落とされてしまうんだよ。

:全体の点数として合格ラインでも?

:そう。誰でも知っているような問題を落とすと全体の点数とは関わりなく落とされてしまう。ただね、その基準となるのが不透明なんだね。

:国家試験って選択式だよな? しかも加点方式だ。それならそういう方式があってもおかしくないんじゃない?

:そうなのだけど、試験を受けた段階ではどれがその問題か分からないわけじゃない。蓋を開けるまで分からない。それが医者の合格者減らしと結びついているようなのがね。でもね、医者を減らしたところで医療費の削減にはならないのだよ。一部はできても。

:もっとシステム的なところの筈だよな。ただ患者が求めるものと医者が求める医療の姿は異なるわけでそれは分けなくてはならないのだけど、患者の立場からすれば、やはり情報公開と医者のレベルアップだろうね。そういう意味で君が二番目に書いてた「卒後研修の義務化」というのは後者の方をやっていこうということなのかな?

:これねえ、医師会の反対で潰されかけてるんだけど・・・

:これって「ER」におけるカーター君みたいなものかい?

:インターンみたいな制度は昔も今もあるんだよ。基本的に国家試験に合格すれば医師の免許を持つわけじゃない。でもね、保険医の免許を地方自治体からもらわないと医療活動ができないんだよ。その保険医の認定を二年間の研修が終わらないと得られないようにしよう、というわけ。でそうなると何が困るかというと、医者になり立ての人間がアルバイトができなくなるんだ。これまで医者の免許を取って研修が終わるまでの二年間というのは、大学からもらえる給料は12、3万なんだね。これだけでは生活できない・・・わけだ。そこでどうするかというと、夜間の当直のアルバイトなんかで稼いでいたんだよね。

:それができなくなるわけだ。

:そう、ただ日本医師会が反対したらしくて、生活の保証ができなくなる、というね。

:君はどう思う?

:患者の側からすればねえ、一年目や二年目のひよっこが当直にいようが何もできんわけで、無駄な金を払っているといえばそれまでなのだけど、救急の指定病院なんかにはなり立ての人間は行かないんだよ。どこに行くかというと病態が急変するような患者のいない病院なんだよね。それはちゃんと考えられていたんだ。そのバランスは崩れてしまうとは思う。

:あと君が書いていた三番目のことはそれと逆行してることなんだな。現場からすれば医者の数は足りてないのだけど、「国立の医学部閉鎖、あるいは定員削減」というのが流れとしてあるわけだね。

:これはかなり具体化している。九州(の大学)で言えば二つないし三つ、九大と熊大は残ることは決まっている。残るは長崎か鹿児島なのだけど、まあ、俺が調べた感触としては長崎だろうね。歴史的に言っても。実力的には鹿児島の方が上、という人もいるのだけど。

:ただねえ、医者というとどうしても「儲かる」というステロタイプがあるわけだな。でも一方新米の医者はアルバイトしないと食えないという現状がある。これって歪んだ経済原則になっているんじゃないか?

:それどういうこと?

:一般なら新米でもそれなりに生活はできるわけで、医者にしたってそういう方向には進まんのかな。(研究の義務化云々はともかくとして)そういった現状を是正する方向には行ってないのかな?

:そうだねえ、そういう方向には流れてないねえ。確かに儲かっている医者のイメージってあるかもしれないけど、需要があるから供給があるんじゃないの? 例えばね、今小児科ってバンバン潰れてるのよ。

:少子化の影響?

:それもあるけど、薬を出せない、ということが大きいんだ。大人の数分の一とかになるから、薬課があることが病院経営に役立たないんだよ。そういう意味でも厳しいんだよ。

:ただそうした経営が成り立っていたというのは、日本の医療が患者を薬浸けにしてきたということの裏返しだよな?

:でもまあ・・・例えば精神科の開業医が何であんなに儲かるかというと、薬を出し続けるしかないからだよ。

:いや、精神科がいい商売である理由はよくジョークで言われるじゃない。三つあってね、一つは精神科に来る人間はそれなりにお金の余裕がある連中が多いこと。二つ目には、他の科と違って精神病自体で死ぬことはないわけだ。自殺とかはあってもね。しかも、精神科に行ってすっかり治ってしまう人間もそういないんだな。

:そうそう、ないよね。薬を出す以外の方法は基本的にあまりないわけ、現時点では。あと国にとっては、入院させたりする方が遥かに国が出す医療費は高くなるんだよ。あとね、自治体なんかが最近集団検診を熱心にやってるけど、それも早期で見つけて後で住民が癌なんかになって入院した場合の医療費を削減しようということなんだね。自治体が出す医療費を減らそうという。医者を減らしても医療費の削減にはならないのだよ。

:ただ同じ医者でもできる医者とできない医者がいるわけで、それを患者が選べないという問題はあるよね。

:開業医とかなら選べるけどね。

:でもその医者の技量って分からないじゃない。

:でもそれをどう判断するっての?

:それは情報公開でしょう。

:どういう形で情報公開するわけ? 何を基準に情報公開するのかという。何を基準に医者をランク分けするのかという・・・外科のようにはっきりする科もあるだろうけど。何を公開するのか、というね。

:カルテとかだよ。

:あ、それはやらなきゃいけないよ。大学によってはカルテを公開する方向にあるよ。

:でも日本医師会なんかは反対してるじゃない。

:まあしてるね。

:それも患者が選択すればいいのだけど、後で医療過誤とか起こったときに問題にならないように公正に公開できる仕組みが必要なんだよ。今ではそこまで(情報の秘匿が)守られているよね。

:確かにそれは問題だね。やるべきところはやるべきだし、医師会も頭ごなしに全部反対してるわけではない・・・とは思うけど。そう聞こえるかもしれないけど。

:いや、そう言ってるだろ。

:うーん、そうかな。ただカルテを公開したところで何のためにやるのか、というのは医者が説明しないと分からないけどね。

:そういう言い方は医者としての傲慢だね。

:あーん、でもカルテを見たって患者には分からないよ。

そういうのが医者の傲慢なんだよ! それは患者が勉強すればいいだけの話だろう。

:それはカルテの問題ではない。インフォームド・コンセントの問題だよ。実際の治療の一つ一つについての説明、その意味をしっかりすることなのだから。それはカルテに書く内容ではないのだから。

:ああ、そういうことならそうだね。ただ日本医師会の説明だとそういうところも必要ない、という風に聞こえるね。

:そうとられても仕方ないかな、とは思うけど。また年輩の医者ほどそういう意識が強いかな。

:日本医師会[註1]というのが余りにも政治的な組織になっていると思うのだけど。

:それはあるね。

:例えばこないだの盗聴法案でも、盗聴やっちゃいけないという例外に宗教法人と医療機関が挙げられていて[註2]、どうして医療機関が例外になるか分からないんだね。これ誰も言わないのが不思議だけど、これって日本医師会の政治的な力あってのことでしょう。

:そうだろうね。

:現場レベルと政治的な場は分けなければならないと思うけど、それがある意味地続きなら悲しいよね。

:鹿児島なんか特にそれが強いね。病院一つ建てるのでも揉めるんだよね。認可を出す、出さないで。ただ日本医師会に身を置いてない医者というのも当然いるわけで、一概には言えないとは思うけど。ただ怠慢な医者が往々として食っていけるというのはね・・・患者の方も変わる必要があると思うよ。町医者のレベルではたかが知れてるし。

:患者が勉強するというのは当然なのだけど、うーん、堂々巡りというかね。ちゃんと医者から説明が受けられないというかさ。

:でも問題になるのって大抵ある程度大きなところでしょ? 個人開業医レベルで訴訟ってないだろ。

:いやいや、あるよ! 冗談じゃない。ただねえ、やはり日本医師会というのが政治的に思えてねえ。僕が言わなくてもこれから公開的な方向に進んでいかなくてはならないじゃない。

:ただね、そうした基準を決めるのは飽くまで政治なんだよね。医者ではないんだよ。そこらへんをしっかり分けないと医者としても困るんだよね。臓器移植にしても何にしても。医者としても政治から変えていこうという人達もいるけどね、共産党系の病院とか。とにかくそこがしっかりしないと医者が現場で板挟みになって困ることになるんだ。


[註1] 海坊主から自分は日本医師会に対して悪意はない、というコメントをもらったのでそれを明記しておく。yomoyomo の方は日本医師会に対して非常にシニカルな見方をしている。この点に関しては両者に違いがあることを考えに入れて読んでいただきたい。

[註2] 希代の悪法、盗聴法案の中の(医師等の業務に関する通信の傍受の禁止)の部分をご覧いただきたい。正確に書くと医療関係者、弁護士、そして宗教者となるのだが、弁護士は当然として、残り二つが弁護士と同レベルで保護されるのか理解に苦しむ。宗教者の例外は公明党の力があった、と考えるのは邪推だろうか。


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初出公開: 1999年11月08日、 最終更新日: 2000年03月31日
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