月刊誌アスキー・ドットピーシーの連載をまとめたものである。当方は雑誌のほうは実は一度も読んだことはなく(失礼)、著者のサイトに掲載されたものを既に読んでいた。ワタシは本書が対象とする内容は一通り分かっている(つもりな)ので、少し高みから「そうそう、こういう人いるよね」と頷いたり、「こう説明すれば良かったのか」と感心したり、何か突っ込みどころはないかとあら捜ししてみたりと、割とイージーに楽しく読ませてもらっていた。
つまり著者の話題の振り方の懐の広さを楽しみながらも、それでも肩の力の抜けたエッセイとして読んでいたわけである。もちろん本書は、コンピュータ初心者でない人はそのように楽しむことのできる本だし、本書のターゲットとなる初心者層の人達にとって、コンピュータと周辺機器の関係性、ネットワークの動作原理とネットワークをどう動かしたいかという人間側の発想原理、あとファイルや階層化フォルダの話など知っておくとかなり見通しが良くなる話を分かりやすく説いている本である。それだけでも十分有益だが、本書がそれだけに留まらない内容を扱っていることに気付いていなかった。
本書の発売からしばらくして、青山ブックセンターにおいて著者の本書発売記念の講演会が開かれた。地方在住の当方は基本的にこうした催しに関して蚊帳の外状態になるわけだが、偶然にもその週末東京にいて、またある方の御厚意により会場にもぐりこむことができた。
本書の著者である山形浩生を知って凡そ十年になるのだが、その御姿をこの目で直接見るのは初めてだった。十年とは言わないが長い間自分が愛してきた人を初めて間近に見るというのも何か不思議な体験であった。
当日の講演会について(山形浩生を見るのが初めてではない)他の人が書いているのを読むと、大分こなれているといった印象があったのだが、文章から感じるエキセントリシティと違った、どことなくほのぼのとした口調が印象的だった。余談だが、タニグチリウイチ氏を眠らせたあのとほほな語り口は女性の庇護欲をひどくくすぐると思うのだがどうなのだろう。タッパがでかくピアス姿に可愛げがないのが問題なのだろうか…というのは、余談どころか大きなお世話である。
この講演会(レジメ)において、当方が十分に読みきっていなかった大きなテーマに気付かされることになる。それは非常に恥ずかしいことに本書のタイトルそのものである「コンピュータのきもち」である。
講演会において、始めに山形浩生は Amazon.co.jp に一時掲載されたレビューについて触れ、コンピュータの「きもち」というとらえかたについて半分は本気であることを語られていた。そのレビューを笑ったワタシ自身それを本気にとらえていなかったわけだから五十歩百歩とはこのことだ。
それを踏まえて本書を読みなおすと、また違った表情が浮かび上がってくる…というか普通の読者はそこまで最初から分かっているのだろうなあ。実は今本書の著者とハイナー・シリングのコラボレーションである「Entropic Forest」を読んでいるのだが、「片隅で。」や「底。」などでそれにつながる志向性を既に見せていたことに今更ながら気付いて呆れた。本当に鈍いんだよなぁ。
山形浩生は瀬名秀明の「あしたのロボット」の大きな欠点として、ロボットという新しいパートナーとの付き合い方がどのようなものか考えてきれていないと書いているが、例えば瀬名さんは本書における「コンピュータのきもち」の捉え方についてどのような感想を持たれるだろうか。
それはさておき、本書の成功は山形浩生という「中間レベルを埋める」ことに力を尽くしてきた人(梅田望夫氏は「ここ五・六年の翻訳活動と解説活動による「日本への知的貢献」というのはすさまじいものがある」と評しているが、それは山形浩生の評論家としての活動まで広げてよい)にコンピュータについての一般向け解説をやらせるというありそうでなかった企画を通した編集者の炯眼が大きいと思う。
その役割を果たしたのがアスキーの加藤さんなのだが、ほぼ日刊イトイ新聞に掲載された「担当編集者は知っている。」によると会社に入りはじめて出した企画というのだからすごい。もう書いてしまうが、氏はワタシのような得体の知れない人間にまでお声をかけてくださるという気配りを見せてくださった。心から感謝したい。そう、ワタシが前述の講演会にもぐりこめたのは、加藤さんが配慮してくださったからである(ただしそれは席に若干の余裕があったからで、それは誤解なきよう)。「担当編集者は知っている。」を読むと何か初々しい印象を受けるが、実際は茶髪の仕事できそうなイケメンなのでそこんとこよろしく(って何を?)。
ところで加藤さん、アスキーで「Weblog Handbook」の翻訳を出版する予定はありませんか?(まだ言うか!)
基本的にはほぼすべて著者のウェブサイトで読める文章であるが、単行本用に書かれた「番外編:著作権を尊重しすぎるのは、本来の趣旨に反することなのだ」は、現在各所で話題のローレンス・レッシグの「コモンズ」につながるとても意義深い、そして読むと本当に気持ちがよくなる文章なので、本書を買う金がないという人は是非これだけでも本屋で立ち読みすることをお勧めする。
さて、次は本書と守備範囲が重なり、しかも本書の著者も絶賛する梅津信幸さんの「あなたはコンピュータを理解していますか?」を読むことにしようか。