記録された彼の最期の言葉


 今「死の総合研究所」というページを見ているのだが、これがなかなか面白い。名前が何やら厳めしいが、企業ページの1コーナーであって、葬儀を中心として雑学的にその周辺物を色々と楽しめるページである。

 その中に「人間最期の言葉」という項があり、歴史上の偉人が最期に遺した言葉をまとめているのだが、ここに挙げられているものが全て本当の話かどうかはともかくとして、非常に興味深いし、ためにもなる。

 歴史上の人物ともなれば、その生涯について後世の人間が逸話をくっつけて何かと面白くしてくれたりするのだが、それはその氏の死の場面についても同様である。「人間最期の言葉」にも出てくるが、ゲーテが最期に言ったとされる「もっと光を」という言葉にしても、彼の文豪としての業績を鑑みればなんとも含蓄を感じるのだが、実際は「窓を開けてくれ。明りがもっと入るように」が正しいらしい。これについては別のところで埴谷雄高が書いているのを読んだことがある。彼が死の床についた部屋は本当に薄暗く陰気だったらしいのだ。

 しかし、人間というのは自分がみたいようにしか物をみないものだ。僕が彼の傍らにいたとしたら、「窓を開けて・・・」と言いかけた彼にすかさずダメ出しをして、「もっと光を」と言い直してもらうだろう。何下らないことを考えているんだか。


 だが、そこまで裏事情を深読みしなくてもその人の死に様を通して生き様(という日本語はないらしいが)を知ることができる人もいる。

 例えば、イギリスの名宰相チャーチルの最期の言葉は「何もかもウンザリしちゃったよ」というものであるが、そこに英国人らしいシニカルさを感じるし、何より彼は長年鬱病を抱えていた。人生二度目の鬱期まっただなかの当方も彼の心境が理解できる気がする。

 もしくはドストエフスキーが死ぬ日の朝に言った「僕はもう三時間もずっと考えていたんだが、今日僕は死ぬよ」。いかにも十九世紀ロシア文学じゃのう、と大学時代彼の五大長編のうち三つ(「悪霊」は就職後、「未成年」は未読)を読破するというしょーもないことをやったワタシとしては苦笑いを禁じ得ない。これを森繁久弥が言ったとしても、「もうあなたには騙されませんよ。いい加減順番守ってください」となるのだが、ドストエフスキーに言われたらこちらも重くうなずくしかない。

 日本人では葛飾北斎の言葉が何とも美しい。「あと十年生きたいが、せめてあと五年の命があったら、本当の絵師になられるのだが」ストイックな芸術家、というステロタイプを見事にジャストミートしてくれる言葉だ。でもその時の彼が89歳だったという事実がすごい(それも江戸時代!)。ただこれは自由業で人生と職業が一致したから言えるのだと思う。清原和博が「あと五年巨人にいれたらタイトルがとれるんだが」などと言おうものなら、巨人ファンに撲殺されかねないと思うのだが。


 さて、そういった歴史上の偉人さん達の言葉に与太を絡めてふざけるためにこの文章を書いているのではない。実は僕は昨日ある人のとんでもない「最期の言葉」の話を聞いてしまい、どうしてもそれを書きとめたいのだ。つまり以上は前振りに過ぎないんです。

 と言っても、僕はその言葉を直接聞いたわけではない。大体その人とも顔をたまに合わせる程度で、直接言葉を交わしたこともなく知り合いとすら言えない。それに彼がこの世を去ってまだほとんど時間が経ってないし、プライバシーの問題もあり、何より飽くまで伝聞に基づく話になるので、具体的な記述ができないことをご承知願いたい。

 彼は夜の高速を飛ばしていた。恋人を家に送り届けてから会社の独身寮への帰途についていたのだが、零時をとっくにまわった時刻の運転に、かなりの疲労感を覚えていたのは想像に難くない。しかし平日なので、夜が明ければその日も仕事がある。とにかく自分のねぐらに帰り着き、数時間でも睡眠を取らなければならない。気が急き、自然とアクセルを踏む込む右足に力がこもる。

 巡り合わせが悪いときは、それがひどい具合に組み合わさり、人間を災厄に追い込むものだ。その時間かなり強い雨が降っていて道路は視界が悪く、それにヤンキー趣味の彼の400馬力に改造された車に装着されたスリックタイヤはかなり擦り減り、その表面は限りなく滑らかであった。運転手の精神状態、時間帯、天候、車のコンディションといったマイナス条件が全て結びついた刹那、彼の車はスリップし、中央分離帯にのりあげた。そしてその後、トラックと乗用車が彼の車に追突し、車は大破し、彼は一命を失った。

 最終的には、彼の車の色が赤であるのが何とか判別がつくぐらいのズタボロ具合だったらしい。高速道路で三度の激突なのだから仕方ないだろう。


 僕はこの話を初めて聞いたとき、事故が大体あっという間に起こったのだと勝手に判断していた。つまり、中央分離帯に衝突し、そこに間もなくトラックが激突し再び車道に吹っ飛ばされ、すかさずとどめとなるクラッシュがあったのだと。運転手ももう何が何だか訳分からんうちにあの世行きだったのだろうな、と。

 だが現実は少し違った。最初のクラッシュの時は彼にも当然意識があり、彼は携帯から友人に助けを求める電話をかけていた。しかしその友人は寝たままだったか部屋にいなかったかで電話に出られなかった。

 友人の留守電に、彼は図らずも自らの最期の言葉を吹き込むこととなった。そのメッセージを消去しない限り、その言葉は永遠に残ることになった。

もしもし、○○だけどさ、高速で事故ったんだよ。こんな時間に済まんけどさ、ちょっと車で来てくんないかな。××インターのあたりなんだけど・・・(クラクションの音)わあぁ! あああっ!(金属的で激しい衝突音にひきちぎられるようにして通話が切れる)

 合掌。


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初出公開: 2000年05月14日、 最終更新日: 2001年07月01日
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