WWW というメディアを知ってから五年くらい経ち、どうして今更ウェブページなんぞ立ち上げたのだろう? 自分でもたまに考えるのだが、正直なところ良く分からない。
自分の現状にうんざりしていたことが根っこにあるのは間違いないが、僕にとってのウェブサイト運営には、その現状との対峙という側面と逃避という側面が両方あるので、そのフラストレーションを一概には肯定はできない。
しかし、とにかく何か書き、公開し、他者と対峙し、自分を変えたかったのだと思う。個人が作るウェブページを見て、嫌らしい自己愛と屈折した自己顕示欲を感じ、辟易することがある。彼らは「ありのままの自分」とやらを工夫もなくオッペケペーと開陳し、それを無条件に受け入れてくれる他者がいると思っているみたいだ。
しかし、その卑しい心性が、情けないことに、僕の中にもあることを認めざるを得ない。自分の書いたものが多くの人に無条件に賞賛してもらうのが最も都合いいに違いない。それでも、自分の書いたものにそんな資格がないことくらい自覚できる程度の常識性は何とか保っている。
何もしないで桟敷席から文句を付けるのは止めたかった。英語はおろか日本語もろくに分かってないくせに翻訳をし、それを公開するのは、その原文となるオープンソース関連の文章から僕自身が知見を得、その翻訳でコミュニティにわずかばかりでも貢献できれば、と思うからだ。
他の大半の文章にしても動機はほぼ同じである。大した文才もなく、語学力もない。それでもウェブページの運営を一つの修練の場と考え、とにかく自分が何か書いてみてみて提示する。それが自分のためになり、そしてできれば他の人にとって幾らかでも価値のあるものになれば、と思うからだ。
Web に限らないのだが、メディアを介したコミュニケーションを実現するには、書き手が読み手からのリアクションを受け止め、自分を変える意識がないと駄目だし、逆に読み手からリアクションを引き出すようなものを表現しないといけない。
読者からのネガティブな意見に直面したときにそれをどう消化するかもポイントだろう。自分の正当性は遠慮なく主張したい。それでも自分の考えを変えることを恐れずにいたい。
黄金週間も終わりを迎える5月5日未明、僕は Java 将棋に興じていた。何気にメーラーで確認すると、メールが一通届いていた。以下、その全文である。
Subject: つまんない Date: Wed, 5 May 1999 01:55:04 +0900 はっきり言っておもしろくないです。 素材はいいのに全部あなたがぶちこわしてる感じ。 やめれば、っていうかやめろ。
最初題名だけ見て、いつも忌憚のない意見を寄越す友人からかと思ったが、差出人のハンドル名にもメールアドレスにも見覚えはない。ヘッダを改竄してメールを寄越すような芸のある友人はいないので、未知の読者からの貴重なご意見、ということになる。
中身を一読し、メールヘッダを辿り上の考えを確かめ、もう一度読み直し、差し掛けの将棋の画面に戻り一手指し、メールの目的、差出人の素性について考えた。すごい内容だなあ、と他人事のように驚いた。相手は「アブナイ人」かな、ともぼんやり考えた。そして、また将棋の画面に戻り一手差し、僕はおもむろに返信を書き出した(差出人のハンドル名はxxxに変えてます)。
Date: Wed, 05 May 1999 02:21:57 +0900 Subject: Re: つまんない はじめまして。 xxx さんは書きました: >はっきり言っておもしろくないです。 >素材はいいのに全部あなたがぶちこわしてる感じ。 リアクションありがとうございます。 ただどこらへんの文章を指しておっしゃっているのでしょうか。その辺り をもう少し具体的に書いていたいただけると非常に助かります。 >やめれば、っていうかやめろ。 と書かれるくらいですから、xxxさんにとってはそれを指摘するのもうんざ りなくらい詰まらないのでしょうが、命令形で書かれるなど尋常ではあり ませんので。 それでは。
今考えても、ほぼパーフェクトな文面だと思う。相手がフレームのみを目的としている場合もありうるので、要らぬ挑発はしたくなかったし、「やめろ」とまで読者に書かしめたものが何かをちゃんと知りたかったのもある。
何より、相手がどの程度のネットワーカーか分からなかったので、どの程度の意識に裏付けされた批判かわからないことがあった。あの文章自体のレベルは一読して良く分かったが。
実は、このメールの本文の後には、メーラーが付加した HTML タグが続いていた(と書けば、賢明な読者はどのメーラーかお分かりですね)。自室の PC で使用しているメーラーは、この時点では AL-Mail32 Ver1.10 beta7で、これはそのゴミタグをデフォルトで取り除いてくれる。僕は当時私用のメールは全て会社のアカウントに転送する設定にしていて(何しろ会社にいる時間の方が長いですから)、会社の PC で使用しているメーラーは別のものであったため、後からその事実を知った。
何故それをくどくど書くかというと、僕(に限らないだろうが)はこのメーラーが吐き出すゴミタグを非常に嫌悪していて、もしメールを受信した時点でゴミタグを目の当たりにしていたら、この罵倒メールを寄越した相手のネットワーカーとしてのレベルを買い被ることはなかったからだ。だがもしそうだったら、恐らく返事の内容は上のような紳士的なものにはならず、無礼に無礼二倍返しをしていただろう。今回の件では、この要素はプラスに作用したようだ。
YAMDAS 全更新履歴を見ていただければお分かりになるだろうが、5月5日から9日あたりまではほぼ毎日何か文書を追加している。黄金週間後半に書き溜めたもの、という側面もあるが、このトチ狂ったような更新頻度は、前述の罵倒メールに暗に影響を受けていたと思う。何としてでも歩みを止めたくなかった。
(質はともかく)量的には確かに奮起の成果が発揮されている。しかし・・・罵倒メールを読んでから一夜明け、5月5日の朝に訳文を一つ追加してからは、昼の間ぼんやりしていた。黄金週間も最後の日だと言うのに、どこにも行く気にならず、ただベッドの上でごろごろしていた。
腹が立たなかった、と書けばウソになる。腹も立ったし、何かしら仕返しが出来ないか、と低レベルな妄想を頭の中に満たしたりもした。しかし、怒りもすぐに脱力感に変わった。何なんだろうなあ・・・どうしてなんだろうなあ・・・どんな人なんだろうなあ・・・僕には何も分からなかった。電子メールを介したトラブルも何度か経験していたが、今回は何かが違った。
夕方ダイヤルアップ接続してみると、CHARADE さんからリンク通知が来ていた。純粋に嬉しかった。単純な奴だなあと自分に呆れながらも、氏からのメールを何度も読み返した。
メールには当方の HTML ソースについての言及があり、そうした視点からの意見を頂いたのが初めてだったので、早速氏のサイトに飛び、公開されている文書だけでなく、ソースもじっくり見させてもらった。
僕は HTML ファイルは全て秀丸エディタでごりごり記述している。そこそこしっかりした HTML ソースになっている自信があったのだが、上には上がいるものだ。彼のサイトのタイトルは「インターネット 初歩の初歩」なのだが、どこが(笑)! 氏の文章を読み、HTML ソースを眺めている内、何かが癒されるようにも思えた。書いてみると実に間抜けだが、その時は本当にそう思ったんだ。
急いで返事を出したが、その時また一通メールを取り込んだ。題名を見て思わず身構えた。しかし、ハンドル名は変わっていた。
Subject: RE:_つまんない Date: Wed, 5 May 1999 18:03:12 +0900 前略 先日は、失礼なメールをさしあげてしまってすいませんでした。 謝罪いたします。 どうも酔っていたようです。 まことに申し訳ありません。ご容赦くだされば幸いです。
一読し、再び身体から力が抜けるを感じた。嬉しくもなかったし、逆に腹が立つこともなかった。特に何も感じなかった。メールのウィンドウを閉じ、かわりに秀丸で文章を淡々と書き出した。以来僕は相手にメールを出していないし、相手からもメールは来ていない。
今ごろになってメールを全文掲載した文書を公開したのは、自分自身ウェブページを運営することについて原則を再確認したかったからだ。メールアドレス、ハンドル名など差出人を特定するような情報は一切伏せさせてもらった(次に同様のことがあった場合は保証の限りではない)。以上を読んでもらえれば、相手を叩きのめすために書いたものでないことは分かっていただけるだろう。
以上のメールのやりとりは極端な例だが、時折どうして自分がウェブページなどという厄介なものを作っているのか立ち返ってみる価値はあるだろう。電子メールというこれまた厄介なシロモノを使いコミュニケートするということに関しても。
そして何より、インターネットの匿名性などと言われるがそれはどうでもいいことであり(実際、インターネットの匿名性なんて脆弱なものだ)、自分が何を為したか、これから何を為すのか、のみが重要なのだ。それこそが記名性をもつのだから。
どんなリアクションでも書き手としては嬉しい。ポジティブな意見ならば特にそうだろう。しかし、僕はネガティブな意見の方を歓迎する。遠慮なく論難していただきたい。誤記・誤訳を指摘していただきたい。口先レベルでない自分の度量を試すのに、今回のメールのやり取りは有益だった。
僕はもう脱力はしない。
[後記]:
事件(?)があってから少し時間を置いて書いた文章であるが、見事なまでにこわばっていて、当時の僕の中でのテンションが伝わってきて、今読み返すと懐かしくすらある。今だったら相手のメールアドレスとともに晒し者にするかもしれない。