ハッカーのための管理職 FAQ

著者: Peter Seebach

日本語訳: yomoyomo


以下の文章は、Peter Seebach による The Manager FAQ の日本語訳である。

この文章は、同じ著者による The Hacker FAQ(日本語訳:管理職のためのハッカー FAQ)の続編である。邦題も前作に合わせた。

奇しくも前作に触発されて書かれた長松昭氏によるパロディであるハッカーのための管理職 FAQ とタイトルが重なりましたが、両者を読み比べるのも面白いでしょう。

本翻訳文書については、以下の方々にご教示を頂きました。ありがとうございました。


以下のリストは、業界経験のないハッカーがはじめてその中で働き始める際に、必ず頭をもたげる問題点の一部を網羅しようという試みである。そうでない社会人の参考になるかもしれない。

免責事項: 作者はハッカーである。バイアスがかかるのは避けられない。

Copyright © 2000, 2001 Peter Seebach 変更を加えない限り、配布は許可される。

0.01版 - 2001年2月7日最終更新

質問と回答:

1章: 基本的な理解

1.1: どうしてうちの管理職は、まともに働こうとしないのですか?

管理が業務内容なのです。ちょうどプログラムにアーキテクチャと設計が必要なように、人間が集団で機能するには、組織原理が必要になるのです。こうした仕事をさばく人間を割り当てることで、決定を行なう方法を決めるのに要する時間を減らし、他の人達がベストの仕事をできるよう解放できます。

1.2: 管理職がいるということは、僕にとって有益なのでしょうか?

あなたの職種に依ります。管理職がいることで、あなたの仕事の効率が、個人としても、チームの一員としても劇的に向上することがありえますし、そうでなければ管理職があなたの仕事の邪魔にもなりえます。

管理職の存在が特に有益になる職場環境というのは:

管理職の存在が妨げになる可能性がある職場は:

もっと一般的に言うと、その仕事に実際に携わる人間がうまくやれるようにしっかりと助ける(その仕事を実際にやる能力はない)人間が必要な場合か、皆の同意を必要としない意思決定の量が多い場合、大抵マネージメントによる恩恵があります。もしその仕事が、一人の人がただ座ってやるだけでできることから成り立っているなら、管理職の存在が足手まといになるかもしれません。

朗報なのは、部下にとって「防波堤」となるような良い仕事をしてくれる管理職がいると、驚くほど生産性を向上させることが可能である、ということです。もし職場の全員が、その会社の別の部署(もしくは外の世界)と交流するのに、働くのを止めずに済むなら、その生産性は5倍から10倍にもなるかもしれません。これはいつも起こることではありませんが、往々にして起こることなのです。

1.3: 僕は自分の管理職の管理にどう対処すべきなのでしょうか?

他からの要求への対処と同じ要領です。可能なときは常に、彼女が自分よりもよく気付いているからこそ、要求すべきことに気付くのだと思うようにしてください。正当な理由なしに彼女と争わないようにすれば、彼女の機嫌はよいでしょう。

1.4: 僕にはまったく理解できません。戸惑ってます。これについて書かれた本はありますか?

たぶんありません。経営者が従業員を扱う方法について書かれた本はたくさんありますから、そうしたものを読めば、管理職の考えがどこから来てるかよく分かるかもしれません。

2章: 社会性の問題

2.1: うちの管理職は我々の企業社会とうまく調和してません。仕事はうまくやっているようなのですが、技術者と反りが合ってないのです。

よくあることです。あなたのとこの管理職は、「スーツ族」と仲良くやれる人間を見つけてないのかもしれません。技術者には、自分達と異なる人間に適合する習性(か社会的技能)を持ち合わせてない人が多いのです。管理職のことを知るための努力をすることを心がけ、彼との違いを受け入れるべきなのです。

2.2: うちの管理職は服装がヘンなんです。企業において風采にこだわることの無意味さを叩き込む方法はあるでしょうか?

あなたのところの管理職は、おそらくそれを分かっています。理論的には、彼女が何を着ようが変わりはありません。しかし、彼女の仕事には、他の会社の人達と交渉をすることも含まれていて、そうした交渉にはエチケットに関する決まりがあります。あなたのとこの管理職の服装は、例え彼女が他の会社の人間と取り引きをしていない場合でも、彼女があなたのことを重要だと考えていることを示す一手段として選択されているところがあるのです。それはちょうど人を「sir」と呼ぶようなものです。約束事に過ぎませんが、それが真の尊重を意味しないということはではなく、あなたのとこの管理職はちゃんと敬意を払っているのです。

2.3: うちの管理職は、自分のことを肩書きで呼び、礼儀正しく接するように要求するんです。

管理職の地位は、企業における序列の一面です。つまり、彼の肩書きや、礼儀正しい対し方は、その構造の一部なのです。彼が仕事をしようとするとき、そこには「命令系統」や他の会社組織への意識が含まれます。彼は、あたかもあなたが彼の「下位」にいるような話し方をするかもしれませんし、意思決定権を持つ人間という点では、確かにあなたは彼の下位にいるわけですが、彼があなたのことを自分よりも価値の低い人間であると考えていることを意味するわけではありません。一般的に、人に敬意を示すときは、あなたがそうしたいと思うやり方ではなく、その人がそうされたいと思うやりかたですべきだということを覚えておきましょう。

2.4: うちの管理職は、僕が同僚の仕事にミスを見つけると文句を言うんです。

あなたのとこの管理職をわきに連れて行き、現在の仕事のおかしいところを詳しいところまで申告するのです。彼女は何もしないで終わるもかもしれませんが、それについて彼女にうるさく言ってはいけません。彼女は他のたくさんの優先事項もやりくりしていて、彼女があなたの不満については何もしない正当な理由があるのかもしれません。可能ならいつでも、文句を言いっぱなしでなく、他の人が問題を解決するのを助ける努力をしましょう。

方向転換をすることのできる優れた技術者はそういないことを覚えておくことです。ちょっと有能なだけの人達がこなせる仕事に甘んじることを学ばなければならないのかもしれません。

3章: 生産性

3.1: うちの管理職は、僕がゲームでガス抜きする時間を使うことに文句を言うんです。

管理職というものは、仕事を「労働時間」で測るのに慣れているのです。多くの場合、彼らの査定作業には、「浸透」段階や、どうしても予測できない部分が入ってないのです。可能ならば、もう少し益がありそうに見えるガス抜きの方法を見つける努力をすることで、もしくは「バックグラウンドで考える」方法を管理職に説明できないか考えてみることです。

3.2: うちの管理職は、設計のフェーズの間イライラしてるんです。

管理職は、あなたが直面したことがないであろう、大量の要件に対処しているのです。管理職はビジネスを動かそうとしているのです。彼は製品がどんなもので、いつできあがるかを知りたがります。彼はコストを見積もりたがります。完璧な仕事というのは不可能ですが、あなたのとこの管理職は、できる限りベストを尽くそうとしています。つまり、彼は設計フェーズにどれくらい時間がかかるのか理解しようとしているのです。あなたは、あることにどれくらい時間がかかるかどうやって見積もりますか? あなたはこれまでかかった時間を量り、推定するでしょう。

残念なことに、これは設計に関してはうまくいきません。それでも、あなたが作業の状態を表現する方法を見つけることができれば、あなたのとこの管理職を助けになります。ホワイトボードにざっと書いてみたり、あなたが取り組んでいる問題点や、釘づけになっている問題点を要約した文書を書いてみたりして、説明作業をすれば、そうした問題点を明確にする助けになるかもしれませんし、例えそうならなくても、あなたのとこの管理職に、どれぐらい作業が進行しているかを示すことになります。

3.3: うちの管理職は、僕に設計フェーズが必要なことを理解してくれないんです。

それを説明する時間を作ってみましょう。あなたのとこの管理職が持っている「働く」人間の期待像に沿うような方法で問題に取り組めないかどうか考えてみましょう。

3.4: うちの管理職は、僕が職務記述書に書かれていないことを必要に迫られてやろうとするたびに文句を言うんです。

その仕事が必然的に発生するのに、それをする人が誰もいないということを説明してみましょう。あなたの職務記述書に、「一般的なトラブルシューティング」を付け加えることを提案するのもよいかもしれません。あなたがやっている仕事がいかに有益か文書化してみましょう。例えば、他の従業員に、あなたが彼らのためにやっていることの重要性について証言するようお願いしてみるとか。

3.5: 僕の仕事は済んだのですが、管理職は僕に忙しそうにしてほしいようなんです。

あなたの仕事が済んだことを説明しましょう。あなたの仕事が、電話サポートなどの、ほどほどに断続的なものなら、あなたがこなすことのできる優先度の低い作業を申し出る…か、それに代わる手段として、その仕事に関してあなたは一種の「保証」であって、いざという時にその仕事をする人を彼等が確保しているのだ、ということを説明してみましょう。

3.6: 僕は行き詰まっていて、うちの管理職は僕に先に進むようプレッシャーをかけるのを止めようとしないんです。

僕がこれまで聞いた中で最良の解決法は、管理職に鍵をなくしたときに起こることを尋ねることです。鍵を見つけるのにどれくらい時間がかかるでしょうか? 一度考えつくあらゆる場所を探したのに、どうしてそうしたところを何度も何度も何度も探しつづけるのでしょう? これこそが、大抵の人が経験したことのある、困難な創造的な仕事と最も類似したものです。

3.7: 僕の仕事は退屈で、やることが何もないんです。

あなたのとこの管理職にもっと面白い仕事を頼むか、別の部署に転属するか、新しい仕事を探しましょう。

3.8: うちの管理職は、僕に「力のひけらかし」を止めてほしいようなんです。

他の人の感情を損ねることは避けましょう。もし、あなたと一緒に働いている人の仕事がうまくいかなくて、かつ自分がやった方が早く済むなら、密かに管理職のとこに出向き、あなたの考えについて議論しましょう。もし彼女がそれを受け入れろと言うのなら、それに従いなさい。そういう状態が道理に適う場合というのが往々にしてあるものなのです。

3.9: うちの管理職は、僕にちゃんとオフィスに来るように言い張るんです。

多くの生産的作業が労働時間外に、自分自身の場所でなされ得るとしても、同僚との社会的な相互関係から得る恩恵は大きいものがあります。あなたのとこの管理職が、あなたが他の皆とたまには顔を合わせ、社会的な結びつきを築いていることを確かめようとしているのです。彼はまた、あなたがちゃんと職場に来れば、設計の問題について自発的に会話をすることになり、的確な人材と一緒に仕事をすれば、仕事にかかる時間を数週間節約できることを分かっているのでしょう。全ての会議が生産的というわけではありませんが、あらゆる会議に意味がないということにはならないのです。

4章: 鼓舞と反応

4.1: うちの管理職はいい仕事しています。僕は彼女に感謝すべきなのでしょうか?

そうですね! 管理職も、他の皆と同じように、仕事をうまくやっていることをしるべきなのです。

4.2: うちの管理職が僕を困らせるようなことをしたので、僕としては仕返しをしてやりたいところです。

彼をこらしめてはいけません。彼と話をするのです。その行動があなたを困らせた理由を説明し、彼が何故そうしたか、何故それが必要だったかを尋ねるのです。彼の根拠を理解しましょう。それが正当なものであるかもしれません。例えば、「このプロジェクトをすぐに終わらせないと、三月ぐらいで君に給料を支払うお金を使い果たすことになるんだ」というような。

その根拠が正当なものだと分かったら、物分り良くなりましょうね。あなたのとこの管理職に、あなたが納得したことを伝えましょう。もし納得できない場合は、なんとかしてその迷惑を受け入れるようにしましょう。

4.3: うちの管理職は、僕にマネージメントをやってほしいようです。僕には興味がないのですが、彼女はそれに気を悪くしてるみたいなんです。

あなたのとこの管理職は、ヒエラルキーを昇進していく会社組織の見地から考えているのです。彼女は、あなたが自分のために仕事を楽しんでいて、新たな地位に「昇進」する希望を持って仕事していないことに気付いてないのかもしれません。あなたが楽しめる仕事をやっていることを説明することです。

4.4: うちの管理職は、僕が彼と同じくらい稼いでいるのだから、僕の給料を上げられないと言うんです。

それはばかげていますが、管理職の権限で修正できる範囲を越えているのかもしれません。代替案を見つけることができれば、追加分の給与をオファーできるかもしれません。どうしてもダメなら、あなたが会社での労働時間外に、フリーのコンサルティングをやり、補助となるお金を手に入れる許可を与えるようかけあってみましょう。

4.5: 私にはうちの管理職が、給料分の価値があるとは信じられないのです。

一日の間、あなたが「無意識に」使ったり依存したりしているもの全てを記録しようとしてみてください。あなたはその電話代を支払ったのですか? 誰が支払ったのでしょう? あなたのとこの管理職が、あなたが起こっていることを意識さえしないようなたくさんのことをこなしているのです。これであなたも重要なことに集中でき、仕事にかかれるでしょう。

5章: それどういう意味?

5.1: うちの管理職は英語を喋りません。少なくとも、私にはそう思えます。

管理職たちは、お互いが効率よく意思疎通ができるように、自分たち独自の言葉を作ってきました。ちょうど技術的ジャーゴンと同じです。残念なことに、そうした言語が伝えたいのは「私はつっかえずに長い単語が言えるぞ」ということなんです。それにしても少し冗長かもしれませんが、あなたが耳にすることのほとんどのものには意味がある可能性が高いのです。

[英語があなたのとこの管理職のネイティブな言語でないこともまたありえますし、あなた自身がそうでないかもしれません。自由に適当な言語に置き換えて読んで下さい。]

5.2: うちの管理職は、私がまだ見定めてないものについての見積もりを要求するんです。

あなたのとこの管理職は、「その給与はどこから出たのか」といった取るに足らない些細なことを見定めようとしているのでしょう。もし給与が規則正しく支払われることになっているなら、その会社の収入も、少なくとも予想できるスケジュールで入ってこなければならず、つまりあなたのとこの管理職は、あなたが何かやるのにどれぐらいかかるか分かっておくべきなのです。

まず見積もってみましょう。それから、思い切って管理職にその見積もりが不正確であることを警告するのです。その理由を説明するのに、「鍵を見つける」例が使えるかもしれません。

5.3: うちの管理職には、ユーモアのセンスというものがないんです。

あなたの管理職が、メタユーモア、反復、そして曖昧な技術関係の駄洒落について、あなたと同じようにはおもしろさを感じ取れないのでしょう。コミュニケーションや、とどのつまり、技術者でない人達と触れ合う手段としては、技術的なバックグラウンド(さもなくば少なくとも技術者的姿勢)を必要とするジョークに頼らないようにしましょう。

5.4: うちの管理職は、数を1から数え始めます。

序数(数えるのに使う数字)は常に1から始まります。0からはじめるのは、多くのプログラマーにとっては自明で自然なことかもしれませんが、言語学の見地からは多分間違っています。柔軟になりましょうね。


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初出公開: 2001年04月09日、 最終更新日: 2018年04月14日
著者: Peter Seebach
日本語訳: yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)
プロジェクト杉田玄白協賛テキスト