前々からときどき名前を見かけることがあったのだが、文庫本になっているのを見かけて早速購入、といういつものパターンで入手。でもこの本が文春文庫から出るなんて思ってなかった。
評判を聞いていたのですごく面白いインタビュー集なのだろうと勝手に思いこんで読み始めたところ、最初のいくつかのインタビューがひどく退屈で冴えないものに思え、正直何か肩透かしを食らったような気分になった。
が、それも永沢光雄の語り口がしっくり来るようになるともうずぶずぶとのめりこむだけで、最後までのめりこんだままだった。僕はこの半年、翻訳に疲れるとこの文庫本を取りだし、インタビューを一つ読むというのを繰り返したものである。そして、本の最後あたりには、もう少しでこの本を読み終わってしまうことがひどく残念に思えてならなかった。読み終わるのが惜しいという気持ちなった本なんてどれくらいぶりだろう。
僕はこの本からとても大きな力を得たようなのだ。信じられないかもしれないが、これはそういった種類の本なのである。
ワタシは恐らく同年代の男性の中ではあまりAVを観てない部類に入ると思う。信じてもらえないかもしれないが、自分でAVを借りたことがない。これはワタシに性欲がないとか、それにお世話にならなくても相手に不自由していないとか、AVを性差別的であるから一切拒絶する潔癖症であるとかいうことはまったくなく、実のところ自分でもよく分からない。最も暇と性欲をもてあます大学時代を通して、どこのレンタルショップの会員にもなってなかったというのが大きいと思うのだが、これ自体自分でも未だに謎だったりする。いろいろ心当たりはあるのだが、それはここでは重要ではない。
なのでこの本に登場する女性達の出演するAV自体はあまり観ていない。ただ、「ギルガメッシュナイト」(おおっ…)経由で知っている人は多い。何かしら思い入れがあるとなると、氷高小夜だけであるが。
だからワタシの場合、本書で触れられるAV作品についての思い出はない。それでもここまで楽しめたのは、何より彼女達の語りが面白かったことがある。これを引き出した永沢光雄の粘り強さは賞賛に値する。
当然だが、登場する女性達の経歴も考え方もそれぞれ違っていて、そこから統一的な教訓など引き出しようもない。ただ90年代の日本にこうした女性達がいたということ、彼女達の言葉をちゃんと残しえたということが重要だと思う。このインタビュー集には明らかにバブル後の状況を反映しているし、考えてみれば彼女達の中にはこのワタシと同年代の人も多い。ワタシも彼女達も同じ時代を生きてきたのだ。その生(性)の内実は、あまりにも隔たってはいるが。
基本的にどのインタビューも読んでいて後味が良いのは(といっても、刹奈紫之の話は読んでいてうめいてしまった)、永沢光雄の対象への姿勢が大きい。しかし、きれいごとだけ選別したものではない。インタビュー毎にいろんな風に語り口を変えているが、それは作者の文学趣味でも何でもなく、そのようにして彼女達の語りを最良にするための苦心であり、献身である。
そのような誠実さがあってか、時たま蛆虫のような文章を書いてしまう大月隆寛もここでは実に美しい文章を書いているし、本書が文春文庫から出る契機をつくった編集者についての永沢光雄の文章(文庫版のためのあとがき)も含め、この本は本当に宝石のような本である。
僕はこの本を、これから何度も何度も読み返すことになるだろう。