デヴィッド・モーガン「モンティ・パイソン・スピークス!」(イースト・プレス)


「モンティ・パイソン・スピークス!」表紙

 うちのサイトの読者なら、ワタシが重症のモンティ・パイソン患者であることは先刻承知だろう。そのパイソンについての本が翻訳されたとなれば買うしかない。

 何かとあればパイソン、パイソンと書き散らしているが、ワタシがパイソンのことを知ったのは、深夜のテレビで『人生狂騒曲』をやっていたのを偶然観たときからで、97年の終わり頃か、98年のはじめだったと思う。それで一気に彼らのファンになったものの、当時日本では『Monty Python's Flying Circus(モンティ・パイソンの空飛ぶサーカス)』のビデオが廃盤だったことから分かるように、既存のメディアからパイソンの情報を得るのは非常に困難だった。いきつけのレンタルビデオ屋に『空飛ぶ』が全巻揃っていたという幸運に恵まれたというのはあったが、あのときほどインターネットをありがたく思ったこともなかったな。

 本書の翻訳を務める須田泰成氏が『モンティ・パイソン大全』を書いたときも、ソフトの再発はまだ始まっておらず、例えば本書のようなパイソンに関する書籍が翻訳されることは半ば諦めていた。そうした意味で本書の刊行はとても嬉しいし、実際読み応えのある書籍に仕上がっている。何より労作なのは間違いなく、これは訳者である須田泰成氏の尽力の賜物である。『モンティ・パイソン大全』の読書記録では批判めいたことも書いたし、本書についても細部に気になるところは数点あるが、それは些事でしかない。氏の仕事に心から感謝したい。


 さて、本書の内容だが、90年代後半にメンバーを中心として幅広く行われたインタビューを基にしており、特にテレビシリーズの監督を勤めたイアン・マクノートン、そしてバリー・トゥックといったイギリスのテレビコメディに長年携わってきた周辺人物の発言が貴重で、網羅的な内容になっている。あとはニール・イネス(『空飛ぶ』第4シリーズ、映画『ホーリー・グレイル』への音楽面を主にした参加、エリック・アイドルと組んだ『ラトルズ』は…という話はもうこれまで何度も書いた)とコニー・ブース(ジョン・クリーズの元妻、『空飛ぶ』にも木こりの歌スケッチなどいくつか出演しており、ジョンとはシチュエーションコメディの傑作『フォルティ・タワーズ』を共同執筆している)の発言がほしかったところだが、後者はさすがに無理か。

 それよりも『銀河ヒッチハイク・ガイド』の作者であるダグラス・アダムズ(Google 検索では「ダグラス・アダムス」の方がヒット件数が多い)の発言が結構フィーチャーされているのは嬉しい。彼は2001年に49歳の若さで死去しているだけに、これだけ彼の発言が読めるのはありがたいことである。あまりこういうことは書きたくはないが、90年代以降ピーター・クック(クリーズ主演・脚本の『危険な動物たち』は彼に捧げられている)などパイソンズの先輩にあたる世代の人達がかなり鬼籍に入っており、パイソンズにしたってもういつ死んだっておかしくないのだ。エリックによれば、これは苗字のアルファベット順らしいのだが…

 そしてこの話題で触れないわけにはいかないのだが、前述の通り本書が執筆されたのは90年代以降なので、1989年の『空飛ぶ』二十周年記念の前日に癌で死去したメンバーのグレアム・チャップマンの発言はまったくフィーチャーされていない。これはとても残念だが、その分彼のパートナーだったデビッド・シャーロックや、ダグラス・アダムズが彼の代弁をしている形である。


 さて、モンティ・パイソンのテレビシリーズが放送されていたのは約30年前の話である。いくら当時とんでもないものであったとしても現在の目から見ればどうか、数十年前の作品であるというエクスキューズ抜きで現在のコメディと比べることができるのかということは、実は僕自身ときどき疑問に思うことがある。

 しかし、そうしたパイソンに少し冷めた状態を経て、何度もまたパイソンを心から楽しむモードに戻っていくのである…というか、今まさに何度目かの熱愛状態に戻っている。DVD で買いなおした『空飛ぶ』(ビデオでも持っていたというのに。とんでもねー出費させやがって!)を第一シーズンから見直しながら、本書におけるメンバーの発言と自分の記憶、感覚を照らし合わせ、そして最後には本当にこれはスゴイものだと半ば呆れてしまう。本書でも語られる「笑いの連鎖」をはじめとする独創性は、今なお輝きを失ってはいない。

 本書を読めば、その笑いを支えた6人のメンバーの妥協を許さない姿勢がよく分かるし、その妥協のなさは(故人のグレアムを含む)他のメンバーに対する歯に衣着せぬ発言にもよく表れていて、その主にイギリス人的な辛辣さに、変な書き方になるが改めて敬意を感じた。

 しかし、一方でモンティ・パイソンの笑いは、現在では再現しようがないと思うのも事実である。ポリティカルコレクト全盛の現在では再放送も不可能なブラックなスケッチが多いというのもあるが、これだけ「時間のかかるコメディ」を作るのは難しいだろう。本書においてもパイソンズと BBC との苦闘が書かれているが、それでも裁量権を持ってコメディ番組が作れたというのは驚くべきことである。


 ワタシが一番好きなパイソンはジョン・クリーズであるが、現在もモンティ・パイソンが古びていないのは、本書で「熱血キチガイ野郎!」というキャプションについている(おい!)テリー・ジョーンズの献身的な情熱と、初めて『空飛ぶ』を観たときには正直「なんじゃこりゃ」だったテリー・ギリアム(祝! 『未来世紀ブラジル』DVD化)のアニメに代表される「一体これからどうやってあれにつなごうなんて考えつけるんだ?」的シュールさなのだろう。特に後者はギリアムのアニメに限った話でなく、前述の「笑いの連鎖」を可能にした、オチを取っ払った番組構成全体に満ち満ちている。ジョン・クリーズのロジカルな見方が必ずしも当たっていないのは面白く思った。

 モンティ・パイソンの映画は、ジョーンズの情熱抜きには形にならなかったのは確かで、あれだけテレビシリーズが成功しても金策に苦心し、低予算で作らなければならなかったという舞台裏の話、『人生狂騒曲』を観たときに感じた「あともう一歩感」の原因などの作品論など読みどころは尽きない。

 個人的には、『空飛ぶ』にときどきクレジットされていた「ミセス・アイドル」がどこに出ていたのかという謎が解けたのが嬉しかった(あれはエリックの母親だという珍説もあったくらいだから!)。そうした細かいところを丹念に読んでいるうちにバリー・トゥックの「じゃあ、懐かしいBBCの話でもしようかな」という最後の言葉に合わせて頭の中で鐘がカンと鳴って『リバティ・ベル』が鳴り出すという…すいません、パイソンを知らない人にはまったく意味不明な文章ですね。せっかくなので、本書の中から特に興味深かった発言をいくつかピックアップして終わりにしよう。


(エリック・アイドル)一度ロケ中に、英国人の中産階級のレディーが近寄ってきて、「あら、モンティ・パイソンだわ! 私は、あなた方を心から憎んでいるの!」と言ったんだ。
 それを聞いた我々は、とても誇らしげで幸せな気分になったよ。最近、私は、我々を嫌う人がいなくなって寂しいくらいなんだ。悲しいことに我々は、いまやナイスで、安全で、受け入れやすい存在に成り下がってしまった。その事実は、いかに体制側ってものがズル賢いかを示している。どんなものでも内側に取り込んで、毒を抜いてしまうんだ。

(テリー・ギリアム)英語には、”ビジュアル・リテラシー”を現す単語がない。文盲という言葉はある。しかし、ビジュアルに関してはどうだろうか? 適切な言葉がないんだ。

(キャロル・クリーブランド)たくさんの人が、「どのくらいアドリブでやってるの?」と聞いてきたわ。スケッチの中味がとても新鮮だったから、見ていた人は、かなりの部分がアドリブなんじゃないかと感じたのね。私は言ったわ。「ええ、アドリブは1つもないの。すべて台本通りなの」って。

(テリー・ギリアム)TVというものは、オレに言わせると、催眠効果のあるものなんだ。(中略)TVと闘うのはオレ独特の行動なのかもしれない。TVを見るという安易な方向に誘惑される自分との闘いだね。

(ジョン・クリーズ)アートによって怒りを取り除こうという考えは、何の問題解決にもならない。みんなアートをセラピーの手段として語るけどね。私は、多かれ少なかれ、アートがそのように役に立つことはないと思うね。だからこそ、たくさんの劇作家が同じような戯曲を何度も何度も書くんだよ。彼らは、アートが人の心を癒すというテーマにとらわれすぎているんだ。

(ジョン・クリーズ)私は過去を振り返るタイプの人間じゃない。それは私の気質なんだ。人間は過去を振り返ると老け始めると言った人がいるけど、べつに年をとりたくないから過去を振り返らないんじゃない。私は過去にまったく興味がないんだ。(中略)今はまだ、これから行うたくさんのことに、もっと興味があるんだよ。私は頭でっかちなわけじゃない。ただ単にそういうタイプの人間ということだけなんだ。


 お言葉ですが、クリーズ先生、やはりあなたは頭でっかちですよ。そしてそこが好きなんです。あなたの世界一の"dead pan"は、あなたが「天然」でないからこそできたんです。

 考えてみれば彼の最近の映画出演作は、007シリーズ、ハリー・ポッターシリーズ、そしてチャリエン・フルスロットルと大ヒット作目白押しである。どれも観ていないので、その内容については云々できないのだが、もはや『ワンダとダイヤと優しい奴ら』のような活躍を見せてくれることはもうなくても、これはこれで恵まれた晩年だと思わないでもない。それは他のメンバーにも言えることであるし、本書でも語られる盟友グレアムの悲惨な生涯を読むとなおさらそう思える。しかし…こういう評価は、前述のエリックの発言そのままの受容の仕方なのかもしれない。


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初出公開: 2003年09月01日、 最終更新日: 2003年09月01日
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