以前森山和道さんがウェブ日記で、「『数の悪魔』は8刷りがかかったらしい。びっくりだ」と書かれていたが、当方が購入した時点で、(初版発行から一年も経っていないにも関わらず)25刷になっていた。裏ベストセラーといってもいいのではないだろうか。
値段は2840円+消費税で、お世辞にもコストパフォーマンスの良い本とは言えない。本書の副題は「算数・数学が楽しくなる12夜」であるが、つまりはそうしたものが求められているということだろう。今のガキは円周率を3と教わるらしい。台形の面積を求め方を習うのも先延ばしだそうだ。そんなもんで物事が簡単になると思うと大間違いだぞ! と今更ながら吠えておきたい。
円周率が如何に不思議なものであるか知ることができればどんなに有意義だろう。台形の面積だって平行四辺形の面積を求められれば簡単に応用させられるのに。その応用させる力こそが思考力だろうに。
本書には無理数、フィナボッチ数、順列など「文部省のカリキュラム係なら、目を白黒させるかもしれない」(「訳者あとがき」より)内容が含まれている。しかし、こうした項目をかみ砕いて、大人である我々でも思わず紙と鉛筆を探したくなる(自分の手で計算して確かめたくなる、ということだ)ところが心地良い。
ただ本書によって「算数・数学が楽しくなる」なるかというと難しいかもしれない。たとえとして引き合いに出されるウサギやら生徒の着席の仕方といったエレメントがひどく陳腐に思える章もある。もっともこれには当方の読者としての心構えにも問題があった。僕はもう少しパズル的というか、びっくり箱的なものを求めていたようだ。それに対して、童話仕立てとは言え、本書の構成は非常にオーソドックスなものだった。
感心するのは、本書は章を追う毎にちゃんと内容を深化させていることで、10章以後の内容は素晴らしい。特に無理数が図形でもって示される「雪片のマジック」には心底驚かされた。
本書は最後に主人公であるロバート君が 1 + 2 + .... + 39 を工夫して簡単に答えを出すところで終わる。他愛もないと言えば他愛ないレベルだ(さて皆さん、上の問題を公式を使わずに一分以内に解けますか?)。しかしその工夫への道筋こそが数学的思考であり、それを教えることこそが数学教育なのではないだろうか。内容を簡単にしたから生徒への負担が減るというのでもない。本書に登場する「ボッケル先生」という悪役としての算数教師はやはり普遍的な存在だとすると、先行きは限りなく暗いのかもしれないが・・・
本書を読み、合点がいった発言があった。宮崎哲弥による、山形浩生との対談(これも晶文社絡みだ!)の中での発言である。
まあ数学は経験科学というより哲学の一種と考えた方が妥当ですから、広い意味で哲学でしょう。どういうことかというとね、いろんな事物の背後に抽象的な原理や本質をみてとる思考だと思うんです。逆にいえば具体物を信用しない(笑)。
本書も何とかそのレベルまで達している、ということだ。