結城浩『結城浩のWiki入門』(インプレス)


表紙

 さて、こういう人がいるかもしれない。最近 Wiki というものの名前を時折聞く。書き換え可能なウェブページらしい。面白そうだ。これを自分のサイトに導入したい、もしくはとりあえず自分のパソコン上ででも試してみたい。しかし、プログラミングの知識は乏しいので、とりあえず Wiki を扱った書籍を一冊手元に置いておきたい。どうやら『結城浩のWiki入門』『Wiki Way』の二冊があるようだ。どちらを買ったものだろう。前者のほうが読みやすそうだが、後者には「Wikiのバイブル」という宣伝文句が付いている。やはり、原典からはじめないといけないのだろうか――

 『Wiki Way』の訳者として、自信を持ってお答えさせていただこう。上記内容にあてはまる人には、まず『結城浩のWiki入門』をお勧めする。

 これは何も、著者から本書を発売後献本いただいたからおべんちゃらを書いているのではない。当たり前の話だが、他人の本よりも、自分が死ぬほど苦労して訳した本が一冊でも多く売れてくれた方が遥かに嬉しいにきまっている。

 当方が本書を勧めるのは、これから Wiki を始めてみようと考える人たちにとって、分量・価格的にも本書の方が適していると思うからである。それより一歩進んだ使い方(Wiki 関連技術のプログラミングを含め)、深い理解を考える人には、今なお『Wiki Way』が価値を持っている書籍である、と確信していることも付け加えておきたいが。


 最初本書をぱらぱらと流し読みし、ゆったりとした作りになっているので、内容は薄いのかなと危惧したのだが、そういうことはなかった。初学者向けの著書に定評のある著者ならではである。

 Wiki のなんたるかを解説する第一部、著者自身によるオープンソースの Wiki エンジン(Wiki クローン)である YukiWiki を題材として実際の導入法、使い方を解説する第二部、そして Wiki の運用と、RSS 配信機能や TrackBack といった比較的最近 Wiki にも導入された拡張機能の解説になる第三部からなるが、『Wiki Way』から確かに受け継いだものを強く感じさせながら、最新の動向に対応した本になっている。前述の拡張機能についての記述は、当然ながら『Wiki Way』にはないものである。

 前述の通り、本書において主に用いられるのは YukiWiki であるが、それだけに囲い込まれた内容にはなっていない。付録 CD-ROM には日本において開発されている主要な Wiki エンジンが大方収録されているし、他の実装へのスイッチも、やる気があれば行えるだろう。またそれだけではなく、江渡浩一郎さんなど優れた人たちの言葉が引用されていることからも感じるのだが、開かれた本であるという印象を受けた。これも Wiki の本ならではだろうか。


 さて本書を読めば、Wiki の何たるかについて一通り理解できるし、大方の人が YukiWiki の導入までは問題なく行えるだろう。本書により優れた Wiki ページが一気に増えるはずである……とは簡単にいくわけはないのが難しいところである。

 当然、本書にも足らないものはある。エントリレベル向けの書籍一冊に何から何まで求めるのは無茶な話である。だから以下は本書への批判ではなく、Wiki を導入し、主要機能を一通り触った人にとっての注意点の意味も含め書かせてもらう。

 本書に足らないのは、Wiki サイトにおけるページ群の構造、そしてその形成についての記述だと思う。ここでの「構造」というのは静的なものではない。Wiki なのだから、ページ群の構造は動的である。大げさに書けば、活発な Wiki サイトはそれ自身が「生きている」とも言えるわけだが、そうした運動の把握、そしてその時点での Wiki サイトの切り取り方が重要になるわけである。

 もちろん本書にも後者についての記述はある。RecentChanges による時系列の切り口、検索機能による切り口である。しかし、もう一つ切り口がある。それは逆リンクという切り口である。Wiki ページのタイトルがリンクになっていて、それをクリックすれば、その WikiName を含むページが一覧できる機能である。当然 YukiWiki にも実装されている。大きく分ければ検索機能の一種になるのだろうが、これについても独立して触れてほしかった(見落としているのかな?)。これを利用することが、ページ構造の形成に役に立つからである。


 Wiki にページ階層機能を導入するかというのが議論になることがあるが、実はそれに近いものは手動で作られている。

 例えば Shiro Kawai さんによる Wiki エンジン WiLiKi のトップページを見ると、WiLiKi に関する情報ページ一覧(バグ、マクロ、FAQ、ウィッシュリストなど)がリンクされている。こうすることでトップページを起点として、具体的な小項目ページに飛ぶことができる。

 逆のベクトルで Wiki ページがまとめられることもある。例えば自分の Wiki サイトにおいて、そのときの自分の興味が赴くままに個別ページを作っていったとする。そのうち、それらのページ群がいくつかのトピックによりまとめられそうなことに気付く。その場合、検索機能でもいいのだが、逆リンク機能により Wiki ページのグループが可視化される。

 当方は語彙に乏しいので的確な表現ができないのだが、Wiki の面白さの一つは、サイト内のページがそれぞれうねうねと増殖しつつも、上記機能による切り口で、一気にそれら同士のつながりを展望できるところにあるのではないか。

 『Wiki Way』刊行当時と比べれば、Wiki サイトの数は格段に増えた。しかし、このページ間のつながりをうまく見通したページ作りをしているところは案外少ない。一つの Wiki ページ、もしくはせいぜい少数のページが並列して垂直方向に書き足されるばかりで、水平方向への広がり・つながりが足らないように思うのだ。


 これは第一回のWikiばなにおけるポジションペーパに書いた、「Wikiは誰でも書ける……だけでなく、編集ができることの実践」というのにもつながる。誰でも自由に書き込めるということは、とりあえず設置しておけば自ずと良質なコンテンツが集まるということではない。何を当たり前のことを、と言われるかもしれないが、Wiki サイトの性質によっては、管理者が通常のサイトとある意味同じくらいコントロールを行わなければならないことへの認識が足らないように思うのだ。

 つまりは Wiki を導入した後の、Wiki サイトコンテンツ構築における実践的なノウハウが必要ということだが、本書に Wiki ページの構造の話が足らないというのは何も難しい話を言っているのではない。その初歩段階の形成の話もそれに含まれる。つまりは Wiki を導入した後、最初どんな感じでページを追加していくかのノウハウの話だが、それを求めるのは行き過ぎなのかな。

 少し本書の内容から外れた話が続いたが、本書の名誉のために書いておくと、上に書いた話についても実は本書にも言葉をかえてちゃんと触れてあるとも言える。例えばページの水平方向の展開の話は、「7-3-5 共同作業の「ボキャブラリ」を意識してもらおう」で押さえられており、これと別所のページ名変更のところの記述を組み合わせて読めばよい。このように本書の記述を読みこんでいけば、大体の場合問題点を解決する道筋がつかめるはずである。

 このように、本書はシンプルに読める作りになっているが、単に一回読めばそれで終わり、レベルの本ではない。特に7章は、Wiki サイトでつまづいたときに立ち返るべき言葉が多い。しっかり読み解くことで、じっくり付きあえる本だと思う。


 最後に個人的なことを書かせてもらう。

 ワタシは飽くまで『Wiki Way』の訳者に過ぎない。Wiki エンジンを開発したわけでもなければ、大規模な Wiki サイトを運営しているわけでもない。ワタシは Wiki に関する先人ではないし、何か既得権を持っているわけでもない。

 しかし、結城さんの Wiki 本を読み、その中に確かに Wiki Way が息づいているの感じると、それを誇りに思う気持ちが頭をもたげるのを感じる。翻訳作業時(編集者の方々には大変ご迷惑をかけた)、そしてその後いろいろあったため、どうしても『Wiki Way』については記述が苦々しくなるというか冷静になれないのだが、やはり自分の仕事の中で価値があるもの、人様のお役にたったものといえば、まずは『Wiki Way』というのは間違いない。本書を読み、自分が『Wiki Way』を訳したことを誇りに思った。そう思わせてくれた著者に深く感謝する。


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初出公開: 2004年05月17日、 最終更新日: 2004年05月23日
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