Red Hot Chili Peppers 「Blood Sugar Sex Magik」


Blood Sugar Sex Magik ジャケット

 1989年の来日時のインタビューで、「あなた方の曲がチャート一位になることがあるだろうか」といったアングルの質問が彼らに投げかけられていた。それは別に彼らを挑発するための質問ではなく、当時のレッチリ自体がそう言及したくなる存在だったのだ。だってフルチンでパフォーマンスだのステージ上の公然ワイセツ罪で逮捕だの、ハイパーな音楽性への評価は高かったものの、イロモノのイメージの方が遥かに上回っていたもの。

 しかし、彼らはそれから二年後のこの作品で、素晴らしい飛躍を遂げポピュラリティを獲得した。コアなファンには初期の作品の方がよかったと主張する人も多いだろう。アンソニー(ボーカル)が今作のプロデューサーであるリック・ルービンを「最大公約数しか引き出せない奴」とけなしているのも、取りこぼされたものが彼ら自身分かっていることの現れだろう。


 だが、この本作以降もルービンが起用されていることを考えると、今作で引き出された「最大公約数」こそがレッチリが1991年に発表すべき音であることも彼らは分かっていたのだろう。ハードなナンバーのファンキーなしなやかさは当然として、スローなナンバーの生々しさとスケールの大きさは誰も予想できなかった展開だった。これを成長と呼ばずして何を成長と呼ぶのか。やはりリック・ルービンは偉大だ。

 この作品の目玉はやはり "Under The Bridge" になるのだろうか。1998年にはイギリスのアイドルグループ All Saints もカバーして全英一位を獲得したが、ロドニー・キング事件に端を発したロス暴動を伝える映像のバックに CNN がこの曲を流し続けたという逸話が、この曲の持つ普遍性を証明しているように思う。


 残念なことにこのアルバムの発表後、ギターのジョン・フルシャンテが脱退する。その後数人の出入りを経て元ジェーンズ・アディクションのデイブ・ナヴァロがファンファーレと共に向い入れられ作られたのが「One Hot Minute」である。悪い作品ではなかったが、期待値に及ばないどこか空虚な作品だった。

 原因はやはりナヴァロのギター・スタイルがレッチリが持つべきファンクネスとは相容れなかった、としか言いようがない。マリリン・マンソン(アメリカの高校で銃乱射事件を起こした馬鹿はマンソンの音楽に影響を受けて事件を起こしたなどと抜かす馬鹿こそ銃殺ものだ)に言わせれば、「奴は俺と同じで、レッチリが嫌いでアイアン・メイデンが大好き」だそうだから。でも、メイデンねえ・・・


 作品のレビューとは完全に内容が外れてしまうが、「One Hot Minute」発表前後に、やたらナヴァロを称揚し、返す刀でフルシャンテのギターワークを「線が細い」などと貶す論調の文章を雑誌でよく見かけたが、今作を聴いてどこの線が細いなんて言えるんだ? 個人攻撃はやめておくが、rockin' on の鈴木喜之、貴様にレッチリのことを書く資格はない。

 実際、フリー(ベース)も参加したジェーンズ・アディクション再結成などのゴタゴタを経て、ナヴァロ脱退、フルシャンテ再加入という展開を辿ることとなったが、脱退後は神経症患者のリハビリのような虚弱なソロアルバムを出していたらしいフルシャンテのことだし、復活時のライブ写真を見る限り、「サナトリムから出てきたような」という形容がシャレになってないルックスを見ても、正直言ってバンドがどう転がるか不安要素だらけだ。

 それでもまた彼らが力強い作品を携えて戻ってくることと、あいも変わらずチンポに靴下を履いたり、頭に電球くっつけてステージに現れるようなファンキーさを誇示してくれることを祈らずにいられない。


[後記]:
 僕だけでなく、レッチリファン全員の祈りが通じたのか、99年に満を持して発表された「Calfornication」は素晴らしい作品だった。僕にとっての99年ベストである。やったぜジョン・フルシャンテ、もう辞めないでね。


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初出公開: 1999年05月04日、 最終更新日: 2002年08月25日
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