DIRECTORS LABEL スペシャル・トリプル・パックをようやく一通り観た。届いたのが3月のはじめだから二月近く経っている。さすがに DVD5枚となると見るのに時間がかかる。
ワタシはミュージックビデオの監督と言われると、まずゴドレー&クレームが頭に浮かぶ時代遅れな人間であるが、そういうワタシでも大好きな作品をいくつも挙げられる三人の作品集となれば買わないわけにはいかない……というのは言いすぎで、Amazon で20%だかで割引予約販売をしていたから買った、というのが正確なところである。残念ながらトリプルパックは初回限定生産だが、スパイク・ジョーンズ、クリス・カニンガム、そしてミシェル・ゴンドリー単体の巻がバラで売っている。ここで誰のを一番お勧め! と書きたいところなのだが、三者三様、一長一短あるので難しい。
優れたミュージックビデオとは何か。もちろん単一的な定義がただのロック好きに過ぎないワタシなんぞにできるわけもないのだが、簡単に条件を書けば、映像が音楽、特にビートにちゃんと対応していることが一番に挙げられる。何を当たり前のことをと言われるだろうが、音源のトラック数と同じだけ映像が「対応」(それは曲により「調和」だったり「ガチンコ」だったりする)してないといけないことが分かってないビデオがホント多いのだよ。
そういう観点から見れば本ディスクに収録された三人の映像作家のビデオが優れている理由も自ずと明らかになる。原曲→アイデア(ひらめき)→映像の流れが一番分かりやすいのはスパイク・ジョーンズ。よし火を付けて走らせてみよう、クリストファー・ウォーケンを踊らせよう、これはビースティーズ刑事だ、ミュージカルだ、50年代風テレビ番組だ……というように(そうした意味で、ビデオを観ていて一番楽しいのもこの人)。
ミシェル・ゴンドリーでいうと、ホワイト・ストライプスのビデオ、特に彼らをレゴにしてしまうと発想はまさにあの二人組、そしてその音に対応する映像を作ろうとした結果であり、カイリー・ミノーグの "Come Into My World" も、これ自体何年かぶりに「これ、どうやって撮ったんだ?」的センス・オブ・ワンダー(笑)を味あわせてくれたビデオだったわけだが、作品自体は単調に循環する原曲に沿っており、奇を衒ったものではない。チボ・マットの "Sugar Water" の画面の左右が交差するストーリー性も同様だろう。
もちろん上記の基本を踏まえながら、「一体こんな映像どうやって思いつくのだろう」と思わせてくれるのが才人の所以で、ミシェル・ゴンドリーだとケミカル・ブラザースの "Let Forever Be" などすごいよねぇ。
そうした意味でサプライズに満ちた作品が多いのが鬼才クリス・カニンガムで、前述の映像と音楽の対応という点でも、ツボにはまったものはもうとんでもない。彼のディスクは、ゴンドリーと逆で量より質を選択したようで収録曲が少ないのが残念であるが。
やはりクリス・カニンガムのツボを一番突くのはエイフェックス・ツインなのだろう。本 DVD パック中の最高のトラックは、山形浩生も大好きな "Come To Daddy" 以外にありえない。ワタシとしては不気味に踊りまくるリチャードが見れるということで、以前は "Windowlicker" の方が好きだったのだが、今回ちゃんと見直して、やっぱり "Come To Daddy" は驚異だと思った。原曲のあらゆる音に映像が同期している、というか下手すれば映像に合わせて音が作られたのかと錯覚するレベルで、テクニカルな意味ではこれまでのミュージックビデオの中で最高のものだろう。
さて、本ディスクに収録された三人ともがビデオを作っている唯一のミュージシャンがビョークで、しかもジョーンズによる "It's Oh So Quiet" にしろ、カニンガムによる "All Is Full Of Love" にしろ、原曲が正しくインスピレーションを与え映像のアイデアが生まれ、それにビョーク自身によるクリエイティブなコントロールが加わり、彼らのキャリアの中でも傑出すべき作品になっている。
そういえば三月に山形さんにお目にかかったときに少しこの DVD の話になり、ビョークの話を振ったところ、「うーん、ビデオは確かにいい…」と口ごもっておったが、素直に良いと認めなさい(笑)。
いや、ワタシにしてもビョークは少し過大評価されていると思うことはある。一時期のベック、そしてレディオヘッド同様、誉めるのが正しいというような雰囲気があって、そういうのは個人的に大嫌いである。ワタシ自身ビョークは好きだが、少し退屈なところもあるとも思うし。
もっとも、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』以後はそうした空気は薄くなったように個人的には思うのだがどうだろう。
閑話休題。
そのようにお三人の優れた仕事を堪能できる DVD セットではあるが、何かしら不思議な感じもする。それは、「MTV世代」なんて言葉も使い古されて大分経ち、こうしたミュージックビデオを立派な映像作品として鑑賞される現実に、である。
そして一方で、ブックレットを読むと、「企画書」などのビジネス用語が自然と使われているのにも、やはり何かしら違和感を感じてしまう。もっともこちらについては、ビジネスには違いないのだからそのような言葉が当然のように使われるのが当然であり、それに違和感を持つのは現実知らずということなのだろうが。
ワタシは以前から、インターネットを介した音楽配信は、「アルバム」という単位を解体するかもしれないぞと言い続けているのだが、ミュージックビデオのほうには果たして今後どのような影響があらわれるのだろうか。
ふと自分が少年時代を過ごし、いわゆる「MTV全盛」だった80年代の頃を思い出す。当時、監督に依存することなく優れたビデオを多くものにしたミュージシャン・バンドもいくつかいた。例えばそれはトーキング・ヘッズであったり、ピーター・ガブリエルであったり、ニューオーダーだったりするわけだが、やはり監督単位でブランドを確立したのは、本文の最初にも名前を出したゴドレー&クレームが最初だろう。そして彼らの映像手法は、本 DVD セットに収録されているビデオにも受け継がれている(一例を挙げれば、"It's Oh So Quiet" における、映像はスローモーションなのに歌と合っているというのは、ゴドレー&クレームが監督したポリスの "Wrapped Around Your Finger" が最初ではなかったか)。
二人はこの DVD を観てどう思うだろう、そして今こそゴドレー&クレームの作品集がパッケージ化されるべきではないかとつらつらと考える今日この頃である。
あ、いや、ワタシ自身がゴドレー&クレームのビデオをまとめて観たいというのが一番なのだけどね。今観ると、思いっきりしょぼいかもしれないのだけど、それも一興ということで。