この文章を、本文中に名前があがるすべての死者に捧げる
Robert Quine が死んだ。
こういうとき、モーリさんの「deadman ―― 今日死んだひと」がありがたい情報源となる(ロバート・クインという表記になっているが、ロバート・クワインのほうが近いのではないか)。
本サイトの読者であっても、彼の名前を知る人は多くないかもしれない。上に挙げたリンクを辿り、いきなり冴えないハゲ頭がでてきてなんじゃこりゃと思われただろうか。驚いてはいけない。ルー・リードの『Blue Mask』でギタリストを務めた時点で、彼の頭は完全に禿げ上がっていた。あれは1982年のアルバムだから20年以上前になるが、当時彼は40歳だったことになり、頭髪の後退が進行する30台の当方としては恐怖を感じたりするのだが、そうした不謹慎はどうでもよい。
彼のキャリアと非ロック的ルックス(「老けた保険のセールスマン」だって? "deranged insurance salesman" だから「狂った保険のセールスマン」だろが)の組み合わせを考えると、いかに彼が腕のたつギタリストであったか逆説的に分かる、というのは文章になっていないが、独特のエキセントリシティを持ったギターを弾いた人とは言える。
彼の代表的な仕事として、前述の『Blue Mask』が挙がるのは間違いない。当方はこのアルバムを、はてなダイアリーが選ぶ名盤百選でも選ばせてもらった(脚注に追記した)。元々クワインは、ベルベット・アンダーグラウンドの熱狂的なファンであり、実際彼が密かに収録したテープが、数年前に『Quine Tapes』としてリリースされている。そうした意味で、自分のアイドルともいえる(といっても同い年だが)ルー・リードと仕事できるなんて想像を絶する喜びだとワタシのような凡人は思うわけである。事実クワインも『Blue Mask』について、"I'm especially proud of that record" と述べているが、後に偏屈大王ルーをして「あいつはクレイジーだ」とバンドを放逐されてしまう。それもまた「狂った保険のセールスマン」らしい。
もちろんそのルー親父にしても公式サイトに弔辞を載せており、確かに彼が挙げる "Waves of Fear" は、彼のトレードマークだった痙攣ギターを存分に聴かせる名演である。
ワタシとしては、あと一枚彼の代表的な仕事として、マシュー・スイートの最高傑作『Girlfriend』を挙げたい。マシュー・スイートのアルバムには、クワインの他にも、クワインとデュオアルバムを作ったこともあるフレッド・マー(メイハー?)、テレヴィジョンのギタリストとして名高いリチャード・ロイドといったニューヨーク・パンク人脈からの参加が多いが、パンクというより彼らのルーツミュージック寄りの音をうまく引き出している。特にアルバムタイトル曲は、クワインが痙攣させずに聴かせるギターソロが素晴らしい。
強引に『Blue Mask』と『Girlfriend』の共通点を挙げるなら、両方とも力強くも優美さをたたえた、生々しいロックンロールアルバムであるところだろうか。
ただ一つ思うのは、クワインの代表的な仕事としてトム・ウェイツの『Rain Dogs』を挙げる人はちょっと信用できない。というか、本当にあのアルバム聴いて言っているのかねと思ってしまう。だって、クワインが参加しているのは、19曲中たった2曲だぜ。
確かに『Rain Dogs』は素晴らしいアルバムだが、なんでも名盤を挙げれば箔が付くと思ったら大間違いである。
思わず本筋からずれた、苦みばしったことを書いてしまうのは、人の死に際してなされるコメント、書かれる文章のうそ臭さというものに頭がいくからかもしれない。
当然のこと、今ワタシが書いているこの文章にそれがないというつもりはない。だからこそ尚更苦さを感じてしまうのだろうが、彼の死因がヘロインによるオーバードーズであること、そしてそれが前年に死去した妻の後追い自殺と思われるのも大きい。
61歳ということは、例えばワタシの父親といっても問題ない年齢である。その世代の自殺が持つ悲しさと、その手段となったのがヘロインという「ロックミュージシャンらしさ」の皮肉な組み合わせも陰惨さを増している。
奇しくも「還暦を迎えたストリート・ファイティング・マンたち」なる言葉が表紙に踊る雑誌を本屋でみかけたばかりである。時間がなかったので少し立ち読みしたばかりだけだったが、何より空々しいものを感じ、そこで取り上げられているストーンズにしろザ・フーにしろジェフ・ベックにしろ、自分にとって大事なバンド・ミュージシャンなので、自分でもアレ? と思ったものである。
その後ロバート・クワインの訃報に接し、還暦ロッカーにも勝ち組と負け組がいるということ(つくづくイヤらしい表現だよ)、そして恐らくは自分の将来の姿と重ね合わせ、その片方だけを無自覚に称揚してみせる渋谷陽一は、大きな間違いを犯していると思った。
考えてみれば「追悼盤」と称するディスクは多い。トリビュートアルバムというフォーマットでできの良いものはいくつかあるようだが、少なくとも誰かの死を受けて作られた直接的な追悼盤については、ほぼすべてクズといって差し支えないと思う。
例外と言えるのは、ここでも名前の挙がるルー・リードとジョン・ケールによる『Songs for Drella』だろうか。以下、五年前(うげっ!)このアルバムについて書いた文章から引用する。
書くまでもないが、このアルバムはヴェルヴェッツが世に出るのに大きな役割を果たしたアンディ・ウォーホルの追悼盤である。しかし、安易な情緒垂れ流しや死人は皆いい人的な視座は全くなし。冒頭の曲でルーは歌う。「近眼で汚い肌のゲイのデブ、そんな君を人々は奇異の目で見ていたね」(スモール・タウン)
臆病で小心で名声好きなロクデナシとしてのウォーホル、そして彼がでっちあげた「ポップ・アート」という名のイカサマ、それらがいかに偉大であり、二人に大きな影響を与えたということを、このアルバムは十全に伝えてくれる。恐らくルー・リードのキャリアの中でも頂点といえる "Forever Changed" のギターワークの余韻の中、「アンディ、君がいなくてとても寂しいよ」と歌う "Hello it's me" はそれが踏まえられているからこそ感動的なのだ。
やはりここまでやらないと追悼にはならないということでしょう。
ロバート・クワインの訃報に関して唯一救いだったのは、近年「弔辞の達人」化が著しい U2 のボノのうざいコメントを読まずに済んだことか。U2 は今でも好きだが、どうも周期的にボノはひたすらうざったらしい奴に成り下がるようだ。
それと比べれば、リチャード・ヘルのコメントは読んですっきりする。モーリさんは、ヘルのコメントを弔辞と呼ぶことについて、「Fuckで終わる弔辞があるのなら」と書かれている。さて、話はどんどんずれるが、本式の弔辞を4文字言葉で終わらせた人について書いて、この文章を終わりにしよう。
モンティ・パイソンのグレアム・チャップマンの追悼式において弔辞を述べた盟友ジョン・クリーズである。グレアム・チャップマンについては、先日その生涯の映画化における主演探しがニュースになったが、パイソン結成20周年を記念して作られたテレビ番組『Life Of Python』は、20周年の数日前に喉頭癌で死去したグレアムの追悼式の場面で終わる。
この文章を書くために、我が師クリーズ先生の弔辞、そして列席者が歌う "Always look on the bright side of life" の動画(ネット上に転がっています)を久しぶりに見直したのだが、やはりパイソニアンとして涙なくして見れない。あまりに感動的なので、かぜさんの既訳を参考にし、クリーズの追悼スピーチを訳させてもらった(冒頭で畳み掛けているのは、クリーズ-チャップマンコンビの最高傑作「死んだオウム」スケッチを受けたものである)。
グレアム・チャップマン、「オウムスケッチ」の共作者はもういません。彼は生きるのを止め、命を失い、安らかに眠り、お陀仏で、ポックリ逝き、くたばり、死んじまい、息を引き取り、天国のお笑い番組の主の元にいってしまいました。我々は皆、深い悲しみの中にいます。これほどの才能、可能性、優しさを備えた人物が、これほど類稀な知性を持った人物が、彼が成し得た多くのことをやり遂げる前に、彼自身が人生を充分楽しむことなく、わずか48歳の若さでこの世を去ったのですから。
いや、私はこう言うべきでしょう。「くだらない。あの寄生虫のろくでなしを厄介払いできてよかった! 奴が死んでせいせいする」私がこのように言うのには理由があります。これを言わなかったら、もし私が彼に代わって皆さんをぎょっとさせる機会を逃したら、彼は絶対に私を許さないだろうからです。上品とはいえませんが、すべて彼のためです。最期の夜、彼が私にささやいた言葉を書き留めています。「いいか、クリーズ。お前はテレビで初めて "shit" と言ったとても尊敬すべき男なんだ。もし式を本当に俺のためにしたいのなら、まず手始めに、お前にイギリスの追悼式で初めて "Fuck!" と言う男になってほしいんだ」
そもそもグレアム・チャップマンの最期の言葉自体、看護婦に言った、"Sorry about saying, FUCK" だったんだけどね。
"Always look on the bright side of life" の歌詞にあるように、「人生なんてクソで、生はお笑いで死はジョーク」なのかもしれない。だからといって、その両方ともぞんざいに扱っていいという道理はない。もちろんそれは承知しているが、ぞんざいでないにしても、当方はそれが極めて不得手なのは確かである。