豊饒たるワイセツな言葉達


 以前女友達への電子メールで「フリチン」という言葉を用いたところ、その友人から「フリチン」でなく「フルチン」が正しいのでないか、という指摘を受けたことがある。チンはちんぽのチンであることに両者異存はない。さて、フリかフルか。「振る」という動詞がもとであることぐらいは想像付くけれど・・・

 指摘を受けてから、何度も街中など色んな場所で発語してみて思い返してみるが、どうも女友達の主張の方が正しいような気がする。広辞苑第四版で調べてみても両方とも記載がないから、確証はなく飽くまで感覚的な結論であるが。

 言語も生き物であるから揺れがある。これはなんとも微妙でやっかいな代物である。


 皆さんは男性生殖器のことを口にする場合、どの言葉を用いてますか? TPOが関係するのは当然だろう。第一これを表す言葉を使用しないようにする配慮もTPOの一部だろうし。

 さて先程「チンはちんぽのチン」と書いたが、男性生殖器を表す言葉で、チンの付くものだけでも数種類ある。国語辞典(以下の解説は全て広辞苑第四版からの引用)を引いてみて分かるのは、似たような言い回しでも実は元の言葉の意味するところは全く違うことだ。


 まず「ちんこ」。これの第一の意味は、「体の非常に小さい人」すなわち、「こども」のことだという。江戸時代から明治初期にかけて行われていた子供芝居のことを「ちんこ芝居」と言っていたらしい。知らなかったぞ。

 次に「ちんちん」。これも有力だ。しかし、これの第一の意味は「やきもち、嫉妬」だとさ。予想もつかなかった。男女の仲の極めて睦まじいことにもさす言葉、というのはなんとなく分かる気もするが、結婚披露宴のスピーチで「二人はチンチンですから」などと口走ったら、場を凍り付かせることウケアイだ。「あ、もとい。お二人はちんちんかもかも」と訂正したところであとの祭りだ(そんな問題か?)。

 これには他にも「鉄瓶の湯の沸騰する音」などというなんじゃそりゃ的な意味や、「ちんちんもがもが」(けんけんのことだってよ)などの用法など、非常に含蓄のある言葉であることが分かり、笑いが止まらずのたうちまわってしまう。


 今回非常に有意義な調査を行う過程で、広辞苑第四版の中にも「言葉の揺れ」があるのを発見した。「ちんこ」の意味で二番目に「(幼児語) 陰茎。ちんちん。ちんぼこ。」が来るのだが、実際には「ちんぽこ」は見出し語になっていない。「ちんこ」はなっている。それの意味にも「(幼児語) 陰茎。ちんこ。ちんぼこ。」と載っているのだが、「ちんぽこ」が見出し語に載ってないのだから重大な手落ちである。この単語から日本語を学び始めた外国の方に多大な不利益を与えかねない(そんな奴いないって)。

 金川欣二さんの「マック de 記号論(言語学のお散歩)」の中の文章にも、広辞苑が最も信頼性のある国語辞典と考えられているようだがとんでもない、といった論調の文章があったように思うが、こうした見出し語の揺れも金川さんの評価に入っている・・・わけはないな。


 国語の授業がどうも退屈で、傍らの国語辞典で適当に単語を検索する、というのは教室でよく見られた光景だが、男子中学生の83%、女子中学生の58%がそうした「ワイセツ」関係の単語を引いているという研究調査も出されている(ウソ)。

 しかし、そうした行為もあながち無駄ではない。「セックス」という言葉を探して「性別」という意味を知ってないと、初めての海外旅行で、入国申請書の SEX 欄に、"twice a week" などと書いて古典ギャグをやらかしかねない。

 大体僕にしても、上にあげたチンの付く言葉は国語の時間に真っ先に調べていた筈だ。しかし、当時僕が使用していた国語辞典には上の単語は全く載ってなかった(と思う)。当時から広辞苑を使い、日本語の奥の深さを知っていたら、今ごろ国語学者を目指していたかもしれない、というのは真っ赤な鼻クソ程度のウソだけど。


 言葉が面白いのは、書き言葉から意味を類推したり、発音から勝手に意味を捏造したり、と想像力が利くところである。しかしそうした想像力が誤解を招く場合もある。伊丹十三の映画のタイトルとなった「あげまん」などその最たる例で、これを流用して「あげちん/さげちん」と男性に流用したり、女性差別だと糾弾したり、と色々あったが、大体「あげまん」のまんはマンコのまんではなく、「まんなおし」(運の悪いのをよくするために或る事を行うこと。漢字で書くと間直し、もしくは真直し)のまんなのだ。

 しかしまあ、伊丹十三程度の映像作家の作品などどうでもいいのだが。


 最後に英語による面白い用法を紹介しておく。オアシスの二度目の来日時のインタビューで、リアム・ギャラガーは「ボンベイ・ロール」という言葉を多用した。インタビュアーの増井修はその意味をリアムに尋ね、答えに深く感服する。

 そして彼は、イギリスのミュージシャンにインタビューするたびに「ボンベイ・ロールってご存知ですか?」と尋ねた。当時ストーン・ローゼズのギタリストだったジョン・スクワイアあたりは知っていたようだが、シャーラタンズのティム・バージェスは知らなかった。意味を聞くと、「ああそのことか、俺達は『シャークス・サンドウィッチ』って呼んでるよ」と答えた。その後読者からのタレコミがあり、『パール・ネックレス』という用法もあるらしい、とのことだ。


 『ボンベイ・ロール』『シャークス・サンドウィッチ』『パール・ネックレス』・・・これら三つが何を意味するかお分かりでしょうか。ある行為を表現したものであるが、意味を知ってみると、二番目がその行為の形状を描出したものであり、三番目が行為後の状態を表現していることが分かる。しかし、である。最も語感的に的確なのは『ボンベイ・ロール』に僕には思える。非常に奥床しいし、響きが美しい。歌を歌う以外に能のないぼんくらと思っていたが、リアムも結構すごい表現者なのかもしれない、と見直してしまった。

 ここまで書いても、rockin' on の愛読者でないと分からないだろうか。答えは貴方がダウンロードしたファイルのどこか(と書けば大体想像つくだろうが)に書いているので、今回は読者に詰まらない謎を残して終わりとする。どうしても分からない場合は筆者に直接メールして下さっても結構です。

 こんなとんでもなく下品な文章を最後まで読んでくれてありがとう。


[コラム Index] [TOPページ] [次のコラム]


初出公開: 1999年04月22日、 最終更新日: 2001年07月01日
Copyright © 1999 yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)