前編から続く。
話の歯切れが悪くなってしまったので、ここからは現状における IPv6 関係の成果、進展に目を向けてみる。
まずは絶対に外すことができないのは KAME プロジェクトである。前述の山本さんや萩野 "いとじゅん" 純一郎さんといったエース級の WIDE 系技術者が結集した産学協同のプロジェクトは、*BSD に KAME v6 スタックがマージされるところまで来た。
この文章のはじめに取り上げた Linux カーネルにおける IPv6 サポート検証試験は、KAME スタックと比較したものであるが、やはりこの分野では格が違うというところか。
そういえば先ごろ YAMAHA RT シリーズの IPv6 ベータファームウェアが公開されたが、やはりそこでも WIDE プロジェクトが協力をしている。IP ネットワーク分野に携わる日本人なら、一度はネットワーク・ポータル(笑)と化した YAMAHA RT シリーズのサイトで情報収集をした経験がある筈だ。それほどの運用実績、ノウハウの蓄積のある YAMAHA でも IPv6 は単独では実装できなかったのだから、先駆者たる KAME プロジェクトの人達にとっても楽な道のりではなかったろう。
Internet Week '99 の 6Bone-JP BOF において、KAME プロジェクトが二年延長されることが発表されたが、KAME プロジェクトという形があるうちに、掴んでおくべきことは掴んでおかないと。
10月24日の朝日新聞夕刊の IT 関連連載記事(正確な名称は失念しました)で、村井純は「我々が貢献しても、インターネットは米国の技術と言われてしまう。だから IPv6 に関しては先行して頑張った」という意味のことを語っていて、そのアプローチが意識的であったことを認めているが、日本がネットワークで主導権を握るとしたら、やはりここではないだろうか。
「日本が主導権」とか書くと、この間の「ICANN 理事を日本から」世論誘導運動みたいで良い顔はされないかもしれない。しかし、別に開発者チームから日本人以外を排斥しろというのではない。KAME スタックだって海外に出かけての意見交換、接続試験を地道にやってきたからこそ、海外とのパスができ、その品質を認知させ、BSD 系 OS 用の三種類の IPv6 実装をマージするという段になって、"KAME" は発音できないから別の名前にしろとかいうふざけた意見(読めないだって? 笑わせるぜ)を斥け、主導権を握ることができたのだと思う。
Linux でも同じようにいかないのだろうか。先の検証試験結果を受けて、早速人材募集がかかっていたが、これは逆にチャンスかもしれない。
アメリカなどの Linux カーネルハッカーにはあまりやる気がわかない(?)分野であるが、いずれはそれがネットワーキングの中核にくるべき技術であり、しかも日本には KAME スタックという素晴らしい先達が存在する。日本人の Linux のカーネルハッカーが、BSD 関係におけるそれよりも少ないとはよく言われることだ。それが本当かどうかは僕には分からないが、この分野を Linux カーネルへの日本人参加という意味でも一つの突破口にできないだろうか。
あと村井純は常々、「M のつく OS 会社と C ではじまるハードのメーカーがサポートすれば、IPv6 は普及する」といった趣旨の発言もしている。余談であるが、僕はこうした中途半端にぼかした言い回しが反吐が出るくらい嫌いである。どうして「世界最大の OS 供給メーカであるマイクロソフトと、世界最大のルータ製造メーカーである Cisco が・・・」とはっきり言えないのか。そうすれば発言の意図が誤解の余地もなく簡潔正確広範に伝わるじゃないか。いずれにしろ下らないことには違いない。
それはともかくとして、マイクロソフトも Windows NT/2000 用 IPv6 実装を遂に公開した。Windows 95/98 を v6 対応させることも可能だし(後述)、Sun の Solaris にも IPv6 実装がある。もう商用 OS が全て(機種を選べば)v6 対応になる日も近いのではないか(Apple によると Darwin を拡張して IPv6 をサポートするらしいが、本当に Mac OS X に実装されるのかな?)。
クライアント機と同様に重要なのがルータの対応だが、Cisco も IOS に正式に IPv6 を組み込むことが決まっている。その IOS 12.1(5)T の発表予定は2000年10月のはずだから、まもなくだろう。
ただ以前から思っていたことであるが、Cisco の IPv6 に対する姿勢は非常にクールである。今年の四月に開かれた CiscoWave で、かの森川さんによる「Cisco IOS ソフトウェアの IPv6 対応」を受講したのだが、そこでも繰り返されていたのが「IPv6 の実装は飽くまで IP や AppleTalk などのマルチプロトコル実装の延長に過ぎない」ということである。IPv6 に特化したソリューションは特に考えてないということだろうか。
しかし、森川さんによるとそれでも世界中の v6 ルータの六割が Cisco 製品(に IOS v6 対応ベータ版を載せたもの)らしいし、既存の実装の延長(基本的にはコマンドの"ip" キーワードを "ipv6" に置き換えるだけ)で当然のように対応してしまうところが Cisco の強さなのだろう。
また、IPv6 の設計者である Steve Deering は AppleTalk をモデルに v6 を作ったらしいという話も聞くし、そういうやり方も間違いとも言えないのだろうが。
そして再び国内に目を向けると、IPv6 の需要を見越した、製品、サービスが今年になって大分揃ってきた。
プロバイダ関係では、国内初の IPv6 ネイティブサービスを開始した IIJ が(予想通り)先頭を走っている。また NTT も v6 には早くからリソースを割いていたし、今月に入って KDDI も IPv6 公開接続実験の実施を発表した。
メーカーの中で特筆すべきは日立だろう。早くから WIDE と共同で IPv6 に取り組み、他社に先駆けた v6 対応ルータ NR60、Windows 95/98/NT4.0 用の IPv6 スタック Toolnet6 の無償公開、そして積極的な IETF への参加は、v4、v6 混在環境を実現する "Bump-In-the-Stack" 方式が RFC2767 として結実した。素晴らしい姿勢だと思う。
日立だけでなく、KAME プロジェクトには NEC、富士通、東芝といった日本を代表するメーカーが参画していてそれぞれ成果を挙げているが、IP ネットワーク分野が苦手な印象のある松下も、ホームルータ SJ6 の開発とともに顔を出し、家電に組み込むことを目的とした IPv6 スタックをアクセスが発表するに至り、メーカーも各分野の製品ラインナップも一通り役者が揃った感がある。
IPv6 自体の実装が揃い、プロバイダも対応し、そしてネットワーキングの核となる基本アプリの v6 対応も大方終わり(先月 v6 問い合わせが可能になった BIND9 もリリースされましたね)、ソースが公開されている Windows 用アプリの v6 対応(!)をやっている人だっている。
そこで最後の懸案として残ったままなのが、IPv6 にとってのキラーアプリケーションである。これがないと、OSI の二の舞になってしまうかもしれないのだ。だが、候補としてはいくつか挙がっているものの、なかなか難しそうだ。
標準化団体が次世代端末に IPv6 を採用することを決定した携帯電話が最有力かと思っていたが、これに関しては越えるべき障壁が多い。
以前からモバイル IP 懐疑論も出ていたが、IP 屋と携帯電話屋の間に思想的断絶がある。携帯電話屋からすれば、IPv6 は現在の設備を使いまわしながら数を心配することなくネットワーク識別子を得るための手段に過ぎないのかもしれない。一義に来るのは目先のアプリでありサービスであるから、そこに IP 屋さんが正統的(?)IP ネットワーク思想を説いても不毛だろう。end-to-end 通信? ネットワーク透過性? それ課金できますか、という認識だろう(IP 側に属する筆者の偏見だったらごめんなさい)。そのとき IPv6 ネイティブの人がどこまで頭を下げ再実装できるだろうか。
僕はむしろ自動車関係、つまり車載ネットの方に可能性があるようにも思う。携帯と異なり、車の中にナビ、オーディオといった情報・音楽・映像のネット配信という最近の動向にも合致する複数台の機器が積まれる。ネットワークの絵も書きやすいだろう。ただ IPv6 とは別次元でも自動車ネットワークというのは色々研究が進んでいるし、僕は不勉強でその分野の動向を把握しているわけではないので、詳しくは知らないのだが、既に IPv6 がお呼びでない方向に規格作りが進んでいるかもしれない。
あとケーブルテレビ関係、ゲーム機、家電に直接、といった意見もあるが、やはり目先のアプリ・サービスなしにメーカーに v6 チップを載せてもらうのを期待するのは、いくらなんでも虫がよすぎる。少々そのチップが安価になろうと、政治的な力なしには難しいだろう。逆にむしろそういった「政治的」な力を引き出す方向に動く、というのも有効な手段かもしれない。ただそういった話は個人的には好きではないのでここまでにしておく。
と、ここまで好き勝手に書き散らかしてきたが、誤った認識をしているところも多いだろう。読む人が読めば「分かってないなあ」と思われるだろうから、具体的に記述の誤りを修正していただけると助かります。
また僕としてもこれからも勉強を重ねていきたい分野であるし、十二月には二年ぶりに Internet Week に行くことになった。勿論、Steve Deering も村井純も荻野純一郎さんも山本和彦さんも登場する Global IPv6 Summit を聴講しないわけはない。それに二年前の Internet Week のとき最も刺激になった 6bone‐jp BOF も外せない。つまりは今年の Internet Week は個人的には IPv6 漬けになるわけである。
前回 Internet Week に参加した頃、僕は KAME プロジェクトのコアメンバーである坂根昌一さんに見当外れの質問を繰り返しながら(今思い出しても恥ずかしい)、IPsec + IKE を実装しようとしていた。あれから二年経ち、僕は技術者としてすっかり落ちぶれてしまったが、山本さんをはじめとしてアクティブに活動している人達の話を聞いてエネルギーをもらい、また何か新しいことをやる契機にできれば、というスケベ心に満ちていることは内緒にしておこう。
そうした馬鹿の戯言は別にして、IPv6 の世界が現実運用レベルで始まろうとしている。先に書いたように、いくつかひっかかるところはあるが、もう次世代ネットワーク・プロトコルではない。そうと決まれば、それを少しでも素晴らしいものにする方向に動きたいものだ。