BBC は以下の文章に不適切な表現があることを予め謝罪します。
以前から僕が愛して病まない、いや止まないモンティ・パイソンについて書きたいとずっと思っていた。それこそ彼らの作品に対する愛情溢れた批評文を書く、というのが僕がウェブページを作るときの動機の一つでもあったくらいだ。しかし、如何に面白いか、ということを書くのは難しい。筆力の問題だってある。よってそれはずっと先延ばしになっていたのだが、そうとばかりも言っていられない状況になってしまった。そこで、今回はモンティ・パイソンとハッカー文化、インターネット文化とのかかわり合いに限定して書くことにする。
といってもモンティ・パイソン、何それ、食えるのか? という向きもあるだろうから説明しておこう。残念ながら食い物ではなく、20世紀を代表するコメディ・グループである。1969〜1974年に英国国営テレビ BBC で放送された「空飛ぶモンティ・パイソン」でコメディ界のトップに立ち、その後も「ホーリー・グレイル」「ライフ・オブ・ブライアン」「人生狂騒曲」(カンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞)といった傑作映画を残している。最もてっとりばやく書くならパイソンはコメディ界におけるビートルズ、なのである。メンバーは5人のイギリス人と1人のアメリカ人からなり・・・と書いていくと、それだけで一回分の分量の文章が資料もなく書けてしまうのだがそれではマズいので、「PYTHONOLOGY TODAY」や「女王陛下のモンティ・パイソン」といった、ワタシ以上にパイソンに蝕まれた日本人によって作られた良質なウェブサイトを紹介して解説を端折りたい。この文章を読んでパイソンに興味を持たれた方は、是非そちらにも足を運んでください。
優れた表現が後進に影響を与えるのは当然の話だ。例を挙げるなら Mr. ビーンことローワン・アトキンソン、彼がオックスフォード大学卒のインテリであることは有名だが、イギリスを代表する名門オックスフォード、ケンブリッジ両大学はコメディ界にも優秀な人材を輩出していて、オックスブリッジと称される。パイソンズも3人がケンブリッジ、2人がオックスフォード出身なのだが、そういう意味でローワンの言葉に依存しない笑いは、同じくオックスフォード出身のマイケル・ペイリンとテリー・ジョーンズによる身体を張った笑いの後継とも言える(実際ローワンはパイソンズと何度も共演している)。
またアメリカのコメディ界にも影響は大きい。例えば最近では「サウスパーク」のようなアニメにそれを感じる。昨年パイソン結成30周年を記念して BBC で製作された特別番組でも、作者の二人がパイソンの代表的スケッチ「Dead Parrot」のサウスパーク版「Dead Kenny」(何故死んだケニーなのかはあの番組を観たことがある人なら分かるはず)を作り、パイソンズにおける唯一のアメリカ人にして現在は「未来世紀ブラジル」「フィッシャー・キング」「12モンキーズ」の巨匠であるテリー・ギリアム(パイソン時代は主にアニメーターとして活躍)の母親を縛り上げて脅迫しながら(!)ギリアムへの敬意を表現していた。
そして興味深いことに、パイソンはコメディ界にとどまらず、インターネット文化、そしてハッカー文化にも馴染みが深いのだ。
代表といえるのが spam と Python である(と並べて書くとヘンな感じがするが)。
spam については以前にも書いたことがあるが、どういうわけか日本ではその語源が誤って伝えられることが多い。大体は Maska さんによる解説ページ(ありゃ、久方ぶりに行ってみるとフェミニズム関係のコンテンツ以外なくなっていた。どうしたのだろう)を引き写したものだろうが、最近もとある掲示板でそれに準拠した説明を見付けて悲しくなってしまった。更新が止まったままとはいえ、Maska さんのページのコンテンツは総じて質が高いし、未だにうちなんかよりずっと知名度があるのだろう。RFC2635 に語源が明記されたので、徐々に認識は変わってくるとは思うけど。
面白いと思うのは、しつこく送られてくる広告メールを spam と表現したセンスとその背後にある教養基盤である。つまり、パイソンの spam スケッチにおける spam の連呼(台本を参照すると、80回以上 spam という単語が登場するが、厳密に言えば spam ネタはこの後も続くのだ。それぐらいしつこい)がすんなり結びつくくらいパイソンがアメリカでも浸透していたということなのだ。
余談であるが、日本における語源の誤解には、90年代初頭にポニー・キャニオンから発売された「空飛ぶモンティ・パイソン」のビデオにおいて、spam スケッチを含む回が収録されなかったことがあるかもしれない。参照しようにも観ることができないのでは仕方がない。収録されなかったのは別のスケッチにおけるとある場面が差別的だと問題になったためである。まあ、それが国営放送で放映される国なのだ、イギリスは。
モンティ・パイソンの笑いがどうしてアメリカ人のネットワーカーに人気があるのか、正直言って正確なところは僕にも分からない。勿論パイソン自体が活動停止後も PythOnline というサイトを持ち、思い出したように情報発信を行なっていることもあるだろう。だが「空飛ぶモンティ・パイソン」にはかなりイギリス的・時事的なスケッチも含まれているし、能天気なアメリカ人には百年かかっても理解できるわけがないとアメリカ人に対して偏見がある当方が確信するに至るブラック・ユーモアも満ちている。
ここまできて、(アメリカ人に限らず)パイソンに熱狂する世代像が大体見えてくる。権威を虚仮にし、タブーを恐れないのは若者の特権である(と書くと如何にも紋切り型だが)。それにブラック・ユーモアを解するにはそれなりの知性が要る。そこまでくるとパイソンとハッカー文化を結ぶものも見えてくる。ハッカー文化には常に反権威意識とユーモア感覚が底流している。
例えば最近一部で話題になっている「フリーソフトウエアのライセンス」という論文がある。これは Mark Koek 氏が雷電大学(すまん、面白かったので誤変換のままにさせておいてください)で書いた修士論文で、内容の詳しさもまとまり具合も秀逸なので一読をお奨めするが、著者のページ(後記:現在はなくなっている)を見ると、いきなりマイケル・ペイリン演じるガンビーという名キャラクターの画像があって、あなたもパイソン・フリークなのですね、と嬉しくなってしまう。
さて、パイソンとハッカー文化の関わり合いの中で最も有名なのが、プログラミング言語の、その名もずばり Python である。
これの語源がモンティ・パイソンに由来するのは FAQ における、"Why is it called Python?" にも明記されている。また FAQ には、Do I have to like "Monty Python's Flying Circus"? という項目もあって泣かせる。この質問に対する答えは、「必ずというわけではないけど、助けにはなるよ」という穏やかなものであるが、パイソンを知らない人はこの質問に対する答えの部分を読んでも?と思われるだろう。何故なら、これ自体「スペインの宗教裁判」という名作スケッチをパロって書いているんだもの。
それで思い出したのだが、アメリカを代表する経済学者ポール・クルーグマンもパイソンが好きなようで、"Life of Brian" とか、"And now for something completely different"(これが「空飛ぶモンティ・パイソン」(第2シーズン)の始まり文句だったのです)とかやたらパイソン用語をタイトルにするし、"Don't Laugh at Me, Argentina" にいきなり件の「スペインの宗教裁判」ネタが出てきたときには読んでてのけぞりそうになったよ、まったく。クルーグマンの文体とその教養基盤については山形浩生による『クルーグマン教授の経済入門』の後書きを読めば分かっていただけるだろう。ちなみにその山形さんにしても、いきなり splunge という単語が出してくるあたり、かなりのファンとお見受けする・・・などと書いているときりがないぞ!
話が Python からずれてしまったので元に戻す。が、悲しいことに僕はプログラマーのくせして Python 言語については無知に近い。よってそれの体験を踏まえた解説はできない。しかし、Eric S. Raymond が「ハッカーになろう」の中で、最初に習得するに適したプログラミング言語として、C でも Perl でも、ましてや Visual Basic でもなく Python を薦めていたのは特筆すべきことだろう、と権威に頼らせてもらう(いいさ、僕はハッカーじゃないんだもの)。
さて、アメリカの Linux 専門誌である Linux Journal 2000年5月号において、Python の特集別冊付録がついた。先のリンクを辿られた方でパイソンを知らない方は、何故付録の表紙が野原にたたずむ裸の男なのだ!? と思わず目を疑ったはずだ。何のことはない。これはテリー・ジョーンズの持ちキャラである「裸のオルガン弾き」のオルガンをパソコンに置き換えたパロディなのだ(オリジナルのオルガン弾きの画像)。
僕はこれを山根信二さんの日記で知ったのだが(しつこいが山根さんもパイソンファン。メールで教えてくださいました)、最近になって Python Friendly というサイトの人が、Linux Journal の提携誌である Linux Japan の編集長宛てに、この付録を Linux Japan でもやってくれないかというお願いをやっていた。
オリジナルが世に出て四ヶ月以上経っているし、それはないだろうなあと思っていると、何と前向きに検討する旨の返事が届いた! 何てこった!
もしこの企画が実現し、しかもその表紙が Python Friendly の人のお願いどおり日本オリジナルなものになるなら、誰が裸のオルガン弾きをやるのだろう。ここに宣言しておきたいのだが、もし日本の Python 使いの中でやる人がいないなら、ワタシ脱ぎます! 一応ワタシも(この文章を書いている時点で)JF に属してるので Linux コミュニティの一員・・・じゃないよな。しかしなあ、前述の通り僕は Python を知らない。今ほど自分の不勉強を悔やんだことはない(お前、何か間違ってないか?)。
と書いて思ったのだが、日本のパイソニアンも、ここらへんをうまく利用すればモンティ・パイソン愛好家を増やすことができると思うのだけど。つまり FUD を利用するのだ(何たる非ハッカー的態度!)。つまり、「ハッカーはユーモアセンスを持ち合わせているものだよ」でなく、「独房状態の部屋の一角を占めるのも厭わず再発された『空飛ぶモンティ・パイソン』のビデオ全14巻を買い、特典のモンティ・パイソン時計を応募するも数ヶ月してやっと届いたと思ったらデザイン・センスが最低な上にはなっから長針がおかしい。これでは『Dead Parrot』ならぬ『Dead Clock』じゃないかとさめざめと泣いていると、ポリグラムの『ビデオ全部買ってもらって悪いんだけどさ、DVD ボックスも出すからそれも買ってね』というメッセージを読んで激怒し、時計をこなごなになるまで叩き壊した後でもパイソンへの愛情が全く揺るがないようにならないとハッカーにはなれないよ」と脅せばワナビー君をとりこめる・・・わけはないか。あ、これ僕の話じゃん(一部誇張あり)。
まあ、それはともかく Python 付録が実現するといいなあ。裸のオルガン弾きやりたいなあ。お腹のたるみ具合がテリー・ジョーンズに大分近くなってきたしね(そういうオチかい)。