著者: Joshua Daniel Franklin
日本語訳: yomoyomo
以下の文章は、Joshua Daniel Franklin による、Steve Weber の『The Success of Open Source』へのブックレビューの日本語訳である。
JoshuaDFranklin 曰く、「オープンソースの実態に向かい合う場合、アカデミックの人たちは、多くの場合どんなプロセスによりそれが可能になるかということを問題にする。バークレーの教授である Steven Weber は、新刊『The Success of Open Source』の中でその疑問に答えている。彼は、オープンソース開発がいろいろなプロジェクトにおいてどのように機能しているかということについて明快で論理的な解説を行い、そのプロセスが別の分野の制作にも適用できる可能性があるという興味深い結論を導き出している。彼の議論の成果は、「インターネット第一世代が出した結論を過去のものにする」だろう」
Weber はアカデミックの人間であるが、それに引け目を感じていない。彼はエキサイティングで新しいビジネスプランを提示しているわけでも、特定のソフトウェア開発手法を支持しているわけでも、ましてやハッカーらに革命を呼びかけているわけでもないからだ。彼はただオープンソース開発のプロセスを広範に調査して分かったことを述べ、それから結論を引き出しているだけである。しかしながら、Weber の見解は、オープンソースを説明、もしくは擁護したいと思う人にとってタイムリーで参考になるものだ。彼は、自分の研究を、トヨタの生産手法を扱った『リーン生産方式が、世界の自動車産業をこう変える』になぞらえる(224ページ)。
その本は、二つの単純ながら奥の深い主張を行っている。つまり、トヨタの「システム」は車そのものではなく、日本人特有のものでもない。本書との類似は明らかである。オープンソースはソフトウェアそのものではなく、ハッカー集団特有のものでもない。
『The Success of Open Source』の前半は、オープンソースコミュニティの起源と社会的な発展を考察する過去の事例研究で、Unix とハッカー文化の話から始まる。 スティーブン・レビーの『ハッカーズ』とピーター・サルスの『UNIXの1/4世紀』を読んだことのある人には、このところに目新しいものはほとんどないが、Weber は過去の出来事に新しく、興味深い見解を加えている。例えば、本当に安価な回線が必要不可欠なのかという疑問から、彼は「ハッカー文化」がネットワーク接続が広く行き渡る以前にも存在したという洞察を導いている。
その後、彼は BSD、Apache、そして Linux の開発を取り上げるが、ここでも社会組織を中心に扱っている。彼は NetBSD コアチームからの Theo de Raadt の泥沼の追放劇、興味を持った開発者の非公式なグループによる Apache の誕生、そして Linux におけるネットワーク部開発の事実上の副代表としての Alan Cox の地位確立といった様々な出来事について説明を行っている。Weber は、メーリングリスト、ウェブサイト、カンファレンスの講演、個人的なインタビューを通じ、たくさんの印象的な話を直接仕入れている。
本書には、元々 Larry McVoy による「Unix は死につつある」という議論を呼ぶ文章の話など(98ページ)、いくつか面白いトリビアもある。残念なことに、Weber の語りは主に原則的で、複数の社会的見地から一つの話を語るので、冗長なところもある。火種になりそうな主張もあり、例えば Richard Stallman が「失敗した指導者」の例であると示唆しているところなど(168ページ)。
本の後半になると、Weber は自身の専門分野である政治経済学の見地からのオープンソースの解説に話を進める。彼はオープンソースのプロセスを、二つの大まかな原則でとらえている。それは、個人のモチベーションや共有財の経済的論理を含む「ミクロ基礎」と、調整や複雑さの問題を解決する「マクロ組織」である(133ページ)。どの読者もこれらの章における専門用語のニュアンスを全部把握できるかは疑問だが、ありがたいことに Weber は、専門用語の使用は控えめにして、全般的な議論を明快で分かりやすいロジックで書いてくれている。
この部分には、『The Success of Open Source』において最も洞察に満ちた意見も含まれている。ここに列挙するには多すぎるが、一つにオープンソースソフトウェアというコンセプトの非敵対性がある。ソフトウェアのコピーが多く作られ、利用されればされるほど、より大きな市場とバグレポートやあるいはパッチを投げてくれるほんの一握りのユーザにより価値が増す。これは従来言われた「フリーライダー」の問題を利点に変える見方である。
Weber はこれを本文中で言及していないが、プロプライエタリなベンダが無料ダウンロードを提供したり、海賊行為の横行に目をつぶったりするのに、この原理を一部見出せる。音楽や学術研究といった別の分野にその非敵対モデルをあてはめるのも、大きな論理の飛躍というわけではない。
社会科学の論文の常として、Weber は議論の要点を繰り返し、これからの研究の方向性に向けた問題を提起している。財産を分配するのに、排除に基づく現状の手法ではない、最良の組織的手法は何か。オープンソースの制作プロセスは、発展途上世界の展望を良くするのにどのように効率的に利用可能か。クローズドで階層的なシステムが、オープンでネットワークベースのシステムと交わる最良の方法は何か。以上の問題の一部は本書の内容から外れるが、うまくいけば今後の仕事においてこれらの問題を突っ込んで考察してくれるだろう。
オープンソースは最近多くの書籍で言及されているが、『The Success of Open Source』は、研究対象としてオープンソースコミュニティを中心に扱うはじめての学術書である。オープンソースがどんなもので、どんな意味を持つかということについて、読みやすく、示唆に富み、そして時にはユーモアを交えた説明を行うことで、上記の問題についてそれなりの知的水準で関わり、議論したいと思う人にとってすこぶる価値のあるリソースになっている。Weber が言明している通り、彼のポジティブで建設的な展望は、「完全に満足とはいかないかもしれないが、手始めとしては悪くない」(272ページ)ものだ。