著者: Edward W. Felten
日本語訳: yomoyomo
以下の文章は、Edward W. Felten による RFID, Present and Future の日本語訳である。
優れた大学で教鞭をとることの利点の一つは、込み入った話題について頭の良い学生達が語り合うのを聞く機会を得られることにある。今学期、私はおよそ十人の情報工学と電気工学の学生グループに、技術とプライバシーについて院生のゼミで講義している。月曜日、このクラスで RFID 技術の未来を議論した。
RFID の標準的な利用シナリオでは、小さな RFID「タグ」をウォルマートで売られている衣料品のような消費者製品にはることになる(私がここでは身近な例としてウォルマートを挙げているのであって、誰でも RFID は利用可能)。どのタグにもユニークな ID 番号がついている。RFID「リーダ」は無線信号を利用し、近くに存在するタグの ID 番号を判別できる。ウォルマートであれば RFID リーダを用いて、店舗にある品物の在庫調査をしたり、消費者のショッピングカートに入っている品物を調べられるわけだ。これは明らかに品目管理の効率化に効果を発揮し、ウォルマートがより効率的に経営を行い、より安価に製品を売る助けとなる。
ここまでは大変良いように思えるが、この計画にはよく知られた問題が存在する。消費者が商品を買い、それを家に持ち帰っても、RFID タグは依然として商品についたままなので、その人なり所有物の RFID タグをスキャンすることで、その消費者を追跡したり、その人がバックパックで何を運んでいるか知ることができる。これが多くの人達を不安にさせている。
商品販売後に RFID タグが悪用される危険は、消費者がタグの付着した商品を購入する際にウォルマートがそのタグの動作を停止するなり、「無効化する」ことで軽減できる。タグに特殊な無線コードを送信することでこれは実行可能である。無効化コードを受信したら、タグは動作を止めるわけだ(現実的な無効化機能なら、動作を停止したタグが存在することを特殊なスキャナで検知できても、その停止しているタグの ID 番号までは分からないようにするだろう)。
タグの無効化は良いアイデアだが、おそらく消費者はそのタグを自分のために利用したいと思うだろう。洗濯カゴがどの服が中に入っているか検知して、きれいな靴下がなくなる差し迫った危機を私に教えてくれたり、冷蔵庫に牛乳が入っているかどうか、そしてその牛乳がどれくらいそこに入ったままかを冷蔵庫が検知したらクールじゃないだろうか。衣服や食品容器に有効なタグがついていれば、以上のことは実現できる。
欲しいものを実現する方法の一つに、外部者に情報を漏らすのを防ぐために暗号を利用するスマートタグがある。スマートタグはその所有者の暗号鍵を知っているので、その鍵により正しく署名されている要求のみに応答する。つまり、その所有者のみが知ることができるような形でその ID 番号を開示するわけだ。ウォルマートであればレジで、タグを無効化するのでなく、タグの暗号所有権を買い物客に移すことになる。頭の良い暗号研究者であれば、これの動作原理が理解できる。
当座の問題は、普通の種類の RFID タグは手の込んだ暗号を利用できないことである。タグは独自の電源を持たず、リーダによる電磁気の「搬送波」送信に寄生する形で電力を得ている。これはつまり、タグは電源容量が非常に限られており、また処理に要する時間も非常に限られている――いずれも本格的な暗号を行なうにはとても十分ではないということだ。RFID のプライバシー問題は、現在の RFID タグのこうした制限の産物であると論じる人達もいる。
もしそうなら、それは朗報と言える。ムーアの法則が一定の電力と時間で処理できる計算量を増やし続けているからだ。ムーアの法則を RFID の電気回路に適用すると――また適用できるはずだと思うが――二三年で格安の RFID タグで本格的な暗号を行なえるようになり、よって現在よりもプライバシーを重視できるようになる。シンプルタグとスマートタグの価格差も、ムーアの法則によりゼロに向かうだろうから、シンプルであるがプライバシーを重視しないタグを利用するのに価格は理由にならなくなる。
しかし、ここに面白い問題がある。より品質の良い RFID タグが実現して、人々はそちらに切り替えて利用してくれるだろうか、それとも現在の誰でも読み取り可能なタグを使い続けるのだろうか? もし本当に価格差がなくなるなら、切り替えない理由としては二つしかない。一つ目は、新技術への切り替えを行なうのに誰も最初に支払いたくないコストがかかるため、下位互換性に何らかの形で囲い込まれてしまう。二つ目は、社会的な惰性の一種であり、人々が改良にこだわらない能力の足らない RFID 技術のプライバシーリスクを受け入れるのに慣れてしまう。これらのシナリオのいずれも起こり得る可能性があり、もしそうなれば、我々はかなり長期間より良い技術から締め出されるかもしれない。
もしかすると、ウォルマートがより強力な技術から恩恵を得られることを我々は一番望んでいるのかもしれない。現状のシステムは、ウォルマートが好まない可能性のある多様な用途を招いてしまう。例えば、競合企業が RFID を利用して、ウォルマートがどの製品をいくつ置いているか、ウォルマートの顧客がどこに住んでいるか知るかもしれない。あるいは悪意のある消費者がウォルマートのタグを無効化したり、そのなりすましをしようとするかもしれない。スマート RFID タグならばこれらの攻撃を防止できる。ことによると、それだけでウォルマートが切り替えるのに十分な理由になるだろう。
さらに将来に目を向ければ、小型の通信機器のプライバシー問題がより深刻になるに違いない。セミナーでは「スマートダスト(smart dust)」についての論文を読んだ。これはいつか散在するようになり、通りすがりの人にくっつくかもしれない小型でコンピュータ的に洗練されたモート(mote)を扱う RFID よりも未来の技術である。これは悪用されれば本当に恐ろしい技術である。
現在は、在庫管理と遠隔トラッキングが RFID と呼ばれる一つの技術に結び付けられている。将来は、我々はトラッキングされる必要なく(企業や個人が)在庫管理の恩恵を受けられるので、それらは分離できるようになる。トラッキングは従来にもまして実現可能になるが、少なくとも買い物をする副作用としてトラッキングを受け入れる必要はなくなる。