発明者が語る、ウェブの三つの課題

著者: Tim Berners-Lee

日本語訳: yomoyomo


以下の文章は、Tim Berners-Lee による Three challenges for the web, according to its inventor の日本語訳である。

原文は、ワールド・ワイド・ウェブの28回目の誕生日にあたる2017年3月12日に公開された。


私がワールドワイドウェブの原案を投稿して、今日で28年になる。私はウェブを、どこにいる誰もが情報を共有し、チャンスを利用し、地理的境界や文化の違いを越えて協力するのを可能にする開かれたプラットフォームだと心に描いた。ウェブを開かれた場に保つために戦いがずっと続いたが、いろいろな意味でウェブはこのヴィジョンを叶えてくれた。しかし、この12ヶ月間、私は以下に挙げる三つの傾向をいよいよ不安に思うようになった。ウェブが人類全体の役に立つツールとしての真の可能性を満たすよう、我々はこの傾向に取り組まないといけないと思うのだ。

1) 我々は個人データのコントロールを失ってしまった

多くのウェブサイトで現行のビジネスモデルとは、個人データと引き換えに無料のコンテンツを提供することだ。我々の多くはこれに同意しており――多くの場合、長文の分かりにくい契約条件の文章を承認する形ではあるものの――基本的に我々は、無料のサービスと引き換えに収集される情報を気にしない。だが、我々はチャンスを逃しているのだ。我々のデータが目の届かない独占的なサイロに保持されると、我々はこのデータを直接コントロールし、情報をいつ誰と共有するか選択していたら実現できた利益を逃すことになる。しかも大抵の場合、どんなデータを――特に第三者と――共有したくないか企業にフィードバックする手段が我々にはなく、契約条件はオール・オア・ナッシングである。

企業によるこの広範なデータ収集には、別の効果もある。企業との共同作業を通じて――というか強制力を発揮して――政府がますます我々のオンラインでの一挙手一投足を監視しつつあり、我々のプライバシー権を踏みにじる行き過ぎた法律を通している。抑圧的な政権下で、それで引き起こされる弊害は容易に目につく――ブロガーが逮捕されたり、殺されうるし、政敵は監視されうる。しかし、政府が心底市民の利益を最優先していると我々が信じる国家であっても、常時国民を監視するのは完全に行きすぎなのだ。それは言論の自由に萎縮効果をもたらすし、公にしにくい健康問題やセクシャリティや信仰といった重要な話題を探求する空間としてウェブが利用される妨げとなる。

2) ウェブではあまりに容易に偽情報が拡散する

今日、大抵の人は、ウェブでニュースや情報をほんの一握りのソーシャルメディアのサイトや検索エンジン経由で見つける。これらのサイトは、サイトが表示するリンクを我々がクリックすることでよりお金を稼ぐ。しかも、これらのサイトは、常時収集している我々の個人データからアルゴリズムを基に我々に何を見せるか決める。その結果、これらのサイトは我々がクリックするだろうと見込むコンテンツを我々に見せることになる――つまり、驚くようなものだったり、びっくりさせるようなもの、我々の偏見に訴えるよう仕組まれた偽情報、いわゆる「フェイクニュース」がたちまち拡散しうるわけだ。しかも、データサイエンスや大量のボットを利用することで、悪意のある人がうまく抜け道を悪用して、金銭上の利益や政治的利益を目的とする偽情報を拡散できるのである。

3) オンラインの政治広告には透明性と合意が必要だ

オンラインの政治広告は、洗練された産業にたちまちなってしまった。大部分の人がごく少数のプラットフォームから情報を得ており、豊富な個人データプールを利用したアルゴリズムがますます洗練しているという事実は、今では政治運動が、直接ユーザをターゲットとする個人広告を作り上げていることを意味する。あるソースによると、2016年のアメリカ大統領選挙中、5万もの広告のバリエーションが Facebook 上で一日も欠かさず提供されていたというが、監視するのは不可能に近い状況である。またアメリカ並びに世界中で、一部の政治広告は、倫理に反するやり方で――例えば、有権者にフェイクニュースのサイトを提示したり、他者を投票から遠ざけるために――利用されていることを示唆している。ターゲットを定めた広告により、対象が異なればまったく別物の、もしかすると矛盾するようなことを選挙キャンペーンに言わせることが可能になっている。それは民主主義的だろうか?

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これは複雑な問題なので、解決策も簡単にはいかない。それでも、前進するための大まかな進路はいくつか既にはっきりしている。我々はウェブ企業と力を合わせて、データの公平なコントロール水準を人々の手に取り戻さなければならない。それには、必要であれば個人の「データポッド」などの新たなテクノロジーの開発や、サブスクリプションやマイクロペイメントといった代替となる収益モデルの探求も含まれる。我々は、必要であれば裁判という手段を含め、監視法での政府の行きすぎに立ち向かわなければならない。何が「真実」で何がそうでないか決定する中心体を生み出すのを回避しながらも、Google や Facebook などのゲートキーパーたちがこの問題と戦い続けるよう促すことで、偽情報に抵抗しなければならない。我々の生活に影響がある重要な決定がいかになされるか理解するために、もっとアルゴリズムの透明性が必要だし、ことによれば従うべき一般的原則一式も必要かもしれない。選挙運動に関する法令における「インターネットの盲点」を至急なくす必要があるのだ。

ワールド・ワイド・ウェブ財団における我々のチームは、新たな五ヵ年戦略の一環として、もっと詳細に問題を調査し、先回りした政策を考え出し、皆に平等な力と機会を与えるウェブに向けて前進するために団結することで、これらの問題の多くに取り組んでいくつもりだ。あなたがたには――言葉を広めたり、企業や政府にプレッシャーをかけ続けたり、寄付をすることで――できるだけ我々の仕事を支援するよう強く求める。我々はまた、そちらの支援も検討してもらうために、世界中の他のデジタル権利団体の名簿をまとめている。

ウェブを発明したのは私かもしれないが、今日のウェブを作り上げるのをずっと助けてくれたのは皆さんだ。あらゆるブログ、投稿、ツイート、動画、アプリケーション、ウェブページなどが、我々のオンラインコミュニティを形作る世界中からの無数の貢献を代表している。この一年、我々はナイジェリアの人たちがオンラインでの自由な表現や大衆の声を阻止するソーシャルメディア法案に立ち向かうのや、カメルーンにおける地域的なインターネットの停止に対する抗議や、インドや欧州連合の両方でネット中立性が大衆に大きく支持されるのを見てきた。

我々皆が現在のウェブを築いてきたわけだが、我々が望むウェブを――みんなのために――作り上げるかも我々次第である。もっと深く関わりたいなら、是非我々のメーリングリストに加わり我々に献金いただき、世界各国で同じ問題に取り組んでいるいずれかの団体に加わるなり献金していただきたい。

Sir Tim Berners-Lee


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初出公開: 2018年04月19日、 最終更新日: 2018年04月19日
著者: Tim Berners-Lee
日本語訳: yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)
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