Imitation of Life


いい加減にしろよ。お前が努力してるのなんか誰も分かりっこないっての

R.E.M., "Imitation of Life"

 この間 BBC 制作のテレビ番組 Manchester Passion を紹介するエントリを書いたのだが、何気に調べたら早速 Wikipedia にページができていた。毎度ながらすごいよな。

 件のエントリを書いたときはキャストなどの情報をちゃんと見ていなかったのだが、Wikipedia のページを見て、James のティム・ブース、Happy Mondays 〜 Black Grape のベズ(!)、『24アワー・パーティ・ピープル』の主人公トニー・ウィルソン、同じくニューオーダー関係のビデオでおなじみのキース・アレンなど錚々たる面々が出ているのに今更ながら気付いて驚いた。

 それに番組で使われた楽曲リストを見るだけでクラクラくる。これがサントラになるだけで、マンチェスター・クロニクルになるな。

 ところでその楽曲で一つ気になったことがある。The Stone Roses の "I Am The Resurrection" なのだが、海外の歌詞掲載サイトを調べてみたら、ワタシが引き合いに出した "I am the resurrection and I am the life" の最後の life が、どこも light になっている。こうしたサイトは同じ情報源を使いまわしているのだろうからそれゆえの過ちだと思ったのだが、Wikipedia でもそういう表記になっているページがあり、途端に不安になるのは我ながらヘタレである。もっとも Wikipedia の内容を鵜呑みにしてはいけないわけで、その実例を後でごらんいただくことになる。


『Out of Time』ジャケット

 思えば、こうだと思い込んでいた歌詞を調べたら違っていたという経験は、以前にも R.E.M. の "Country Feedback" であった。恋人たちの別れの情景を歌った "Country Feedback" はとても思い入れのある曲だったのでショックだった……と書くとウソになる。

 マイケル・スタイプの歌詞は、昔からどうとも取れるような、さらにいえばそれ自体にはほとんど意味のない歌詞が多いからだ。特に初期の曲などネイティブが聞いても何歌っているか分からん曲が多いし、ファンが歌詞を間違えて歌っているのを聞いたマイケル・スタイプが、後にその間違いのほうで歌うようになった話を伊藤英嗣氏が書いていた覚えがある。

 R.E.M. に関して言えば、歌詞は重要ではない。例えば、映画のタイトルにもなった "Man on the Moon" はアンディ・カウフマンを歌ったことで知られるが、思い入れのある説明的な歌詞を期待しても失望するだけである。重要なのはそうした触媒に過ぎない歌詞がマイケル・スタイプの声に乗ることで聞き手を高揚させ、揺さぶることである。かつてマイケルは、自分は電話帳を読み上げるだけで人を泣かせることができると豪語したが、その言葉は伊達ではない。

 もちろん彼にしてもストレートな歌詞を書くこともあるし、特に『Green』など80年代後半は歌詞の政治性が云々された。また "Everybody Hurts" のような代表曲もあるが、個人的にはこの曲の人生の応援歌(!)な歌詞は好みではない。


『Reveal』ジャケット

 本文で名前を挙げる R.E.M. の代表曲の多くの歌詞は、彼らの公式サイトにおいて閲覧できる(PDF も用意されている!)のでそちらを参照いただきたいが、そうした意味なし芳一な芸風の歌詞の頂点にあるのが "Imitation of Life" だろう。まったく脈路のない単語の並びもここまで来ると芸術的だし、楽曲としてもこの10年くらいの中で最も好きな曲である。

 さて、Wikipedia には当然 R.E.M. のページがあるし、アルバム『Reveal』のページ、そして "Imitation of Life" 単体のページもある。

 そして、ファンがあまり直視したくない話も "Imitation of Life" のページに書いてある。

 この曲はイギリスではトップ10ヒットになったものの、アメリカのビルボードのシングルチャートでは83位が最高位で、これは R.E.M. のアルバムからのリードシングルとしては最低のチャートアクションだった。R.E.M. を現在も偉大なロックバンドとみなす人は多いが(ワタシを含め)、80年代後半〜90年代中盤までのポピュラリティーを基準にすれば、彼らを「落ち目の中年バンド」と見る人がいるのも仕方ないのかもしれない。

 Wikipedia の "Imitation of Life" のページに話を戻すと、「日本ではこの曲は大変な好評をもって迎えられ、日本ではじめてナンバー1シングルになった」という記述がある。これはこの当時のマイケルのライブでの MC を受けて書かれたものだと思うが、ここでの「ナンバー1」がオリコンのチャートではないことは確かで、正直なところ百科事典に入れるには適切でない記述だと思う。


『ベスト・オブ・R.E.M.』DVDジャケット

 何か暗い話になってしまったので話題を変えるが、ワタシが "Imitation of Life" を好きなのは、その優れたミュージックビデオの印象が大きい。

 ただそれを言うなら R.E.M. のビデオは素晴らしいものばかりで、上で歌詞が好きでないと書いた "Everybody Hurts" も例外ではない。またしても彼らの公式サイトでビデオを視聴できるページがあるわけだが、予めお断りしておくと、以下文章の理解の助けとなるよう YouTube.com において公開されている動画へのリンクをいくつかはっている。

 彼らの映像への取り組みについては Panasonic CQ に公開されている「R.E.M.-新しい表現を模索し続けるロック・バンド」に詳しいが、マイケル・スタイプがスパイク・ジョーンズの『マルコヴィッチの穴』のプロデューサ他を務めているのは意外に知られていない。穿った見方をすれば、マイケルの優れた映像審美眼が、まったくセクシーでない彼らのビジュアル面を補っているわけである。

 彼らのビデオで最も有名なのは MTV アワードで6部門を受賞した "Losing My Religion"(YouTube)だろうが、"Imitation of Life" のビデオ(YouTube)も宗教的イメージやタルコフスキーの『サクリファイス』からの引用などを総動員した "Losing My Religion" 以上とはさすがにワタシも言わないが、それに劣らない出来だと思う。絶対別撮りの合成だと思っていた映像が、同時に撮影したもので合成はほとんど使用していないというのは驚きである。


『best of R.E.M.』ジャケット

 優れたミュージックビデオの条件については以前書いたことがあるが、このビデオにおける登場人物たちのてんでバラバラな動きは、この曲の歌詞の脈路のなさに見事に対応している(マイケルのタコ踊りが笑える)。

 そしてさらに言えば、この曲の歌詞の意味のなさ加減は、要所に入る "C'mon, C'mon" に続く歌詞を際立たせるものであり、それらすべてを通じて "Imitation of Life" というフレーズを表現している。ピーター・バックはベスト盤の曲目解説で以下のように書いている。

当時俺はこのタイトルは青春期を表わすパーフェクトなメタファーだと思っていた。そして残念なことに、後に俺はこれが成人期のパーフェクトなメタファーであることを知るに至った。

 ここに至って R.E.M. の歌詞に通低するものに気付く。それは虚無という「人間性の付属品」である。"Imitation of Life" における一連の "C'mon, C'mon" に続く歌詞は、君が笑うのを、歌うのを、そして努力するのを見た気がしたけど、それはただの夢だったという "Losing My Religion" のラストと同じことを言っている。ワタシは映画監督ロバート・アルトマンを「人間嫌いを極めて人間的に描く人」と思うが、それに倣うならマイケル・スタイプは「虚無を極めて人間的に描く人」と言えるかもしれない。

 そしてと書くべきかしかしと書くべきか、同時に R.E.M. の音楽は、マイケル・スタイプの声を筆頭に、聴き手を高揚させ揺さぶるとてもエモーショナルなものである。"Imitation of Life" のビデオで言えば、バラバラな登場人物が最後一斉に両手を挙げる瞬間に感じることができる高揚感である。素晴らしいがかなり地味だった最新作『Around the Sun』においても、彼らの二面性、そしてその美点は健在である。

 最近では彼らを誉める人も少ないので、あえてこういう文章を書いてみた。これまでも、現在も、彼らの音は "Imitation of Life" ではない。


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初出公開: 2006年04月24日、 最終更新日: 2006年04月24日
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