ウェブの35歳の誕生日を祝う:オープンレター

著者: Tim Berners-Lee

日本語訳: yomoyomo


以下の文章は、Tim Berners-Lee による Marking the Web’s 35th Birthday: An Open Letter の日本語訳である。


当初の期待

35年前、私がウェブを発明したときに、ウェブがこういう軌跡を辿ると考えもつかなかった。その進化の方向を予測するロードマップはなかったし、思いがけない機会や挑戦に満ちた魅惑的な旅だった。ウェブ全体の基盤にあったのは、協力(collaboration)を可能にし、思いやり(compassion)を育み、創造力(creativity)を生み出そうとする意志だった――私はこれを3つの C と呼んでいる。それは人間性に力を与えるツールだった。ウェブの最初の10年は、その約束を果たした――ウェブにはコンテンツのロングテールと選択肢があり、非中央集権的だったし、小規模でより局地的なコミュニティを生み出し、個人に力を与え、大きな価値を育んだ。けれども最近の10年は、ウェブはこれらの価値を具体化するどころか、それらを損なう役割を果たしている。その影響はますます大きくなっている。プロットフォームの中央集権化から AI 革命まで、ウェブは我々のオンラインエコシステム――今や地政学的状況を作り変え、経済的変化を推進し、世界中の人たちの生活に影響を与えるエコシステム――の基盤レイヤとしての機能を果たしている。

現在の状況

5年前にウェブが30歳を迎えたとき、私は一部の企業の私利私欲に支配されたウェブによって引き起こされた機能不全が、ウェブの価値を損ない、機能停止と損失につながっていると訴えた。それから5年経ってウェブの35回目の誕生日を迎える今、AI の急速な発展がこれらの懸念を悪化させており、ウェブにおける問題は孤立したものでなく、むしろ新たなテクノロジーと深く結びついていることを証明している。

取り組むべき二つの明確で関連した問題がある。一つは権力の集中の度合いで、これは私が元々思い描いた非中央集権の精神に反するものである。これがウェブをセグメント化しており、コンテンツの受動的観察を通した利益を最適化すべく、ユーザを一つのプラットフォームの中毒にさせる戦いが繰り広げられている。この搾取的なビジネスモデルは、政治的混乱を解決する可能性がある選挙がある今年、特に憂慮すべきものである。この問題を悪化させるのが二つ目の、ターゲッティング広告を可能にし、与えられる情報を究極的に支配する大規模統計データを作成して人々の時間とデータを搾取する個人データ市場の問題である。

どうしてこんなことになってしまったのか? 多様性の欠如に妨げられたリーダーシップは、公益のためのツールから遠ざかり、それどころか資本主義の力の支配され、独占につながってしまった。ガバナンスがこれを正すべきだが、規制措置はイノベーションの急速な進展に追いつくことなくそれに失敗しており、技術の進歩と実行力のある監視の間のギャップは広がるばかりである。

未来は、現行のシステムを改革し、人間性の利益に純粋に貢献する新しいシステムを作り出す我々の力量にかかっている。これを成し遂げるには、協力を促し、多様な選択肢が創造力を刺激する市場環境を作り出し、そして偏向的なコンテンツから、共感と理解を育む多様な意見や視点によって形作られる環境にシフトすべく、我々はデータのサイロを解体しなければならない。

基本理解の合意

現行のシステムを本当に変えるために、我々はシステムの既存の問題に取り組むと同時に、新しく改良されたシステムの構築に積極的に尽力しているビジョンを持つ個人の努力を支持しなければならない。新しいパラダイムが出現しつつあり、それはビジネスモデルの中心にアテンションではなく個人の意思を置き、我々を既成の秩序から解放し、我々のデータの支配を取り戻す。新世代の開拓者たちに引き起こされたこの動きは、より人間中心のウェブを作ろうとするものであり、それは私の当初のビジョンにつながるものだ。これらのイノベーターたちは、多様な分野――研究、政策、製品デザインなど――から集まっており、我々皆の役に立ち、力を与えるウェブ並びに関連するテクノロジーを追求することで団結している。Bluesky や Mastodon は我々の関与を食い物にはせずに、それでも集団形成を実現しているし、Github はオンラインコラボレーションのツールを提供し、ポッドキャストはコミュニティの知識に貢献している。これら新たなパラダイムが勢いを増すにつれ、我々は人間の幸福、公平性、自律性を優先するデジタルの未来を作り直す機会を得ることになる。今こそ行動し、この変革の可能性を受け入れる時だ。

根本的な変化

ウェブのための協定」で概説したように、数多くの利害関係者がウェブを改革し、新興テクノロジーの発展を導くべく協力しなければならない。私が強調してきた革新的な市場の解決策が、このプロセスには欠かせない。世界中の政府による先見性のある法律制定が、これらの解決策を促進し、現行のシステムをより効率的に管理する助けとなる。いよいよ我々世界中の市民が関与し、より高い基準とオンライン体験に関するより大きな説明責任を求める必要があるのだ。今こそ、個人に力を与える斬新な解決策を促しながら、支配的なシステムの欠点に立ち向かうべき時なのだ。可能性に満ちたこの新たなシステムが台頭しつつあり、コントロールのためのツールは手の届くところにある。

その解決策の一つが、一人一人に POD として知られる専用の「個人オンラインデータストア(personal online data store)」を与える仕様であり運動である Solid Protocol だ。我々は、失ってしまった価値を取り戻し、個人データのコントロールを回復できる。Solid により、個人は自分のデータがどのように管理、使用、共有されるかを決定する。Jan Jambon が四年前にすべてのフランダース市民が POD を持つべきだと述べてから、今ではすべての市民が専用の POD を持つフランダース地方で顕著だが、このアプローチは既に根付き出している。これこそデータの所有権とコントロールの未来であり、時代遅れの現行システムを置き換える態勢にある新興のムーブメントの一例である。

行動の呼びかけ

この新興ムーブメントはまだ理解されていない――研究者から発明家、弁護士にいたるまで、この改革を主導する人たちの支援が必要である。我々は、これらの前向きなユースケースを拡大して促進し、そして世界の市民の集団思考を変えるために尽力しなければならない。私が Rosemary Leith とともに設立した Web Foundation は、この新たなシステムとそれを支える人たちの支援と加速を続ける。また一方で、他の人たちも同じことをし、台頭しつつある道徳的に勇気のあるリーダーシップを支援し、解決策を集産化し、利益がものをいうオンライン世界を、人間の必要性で決まる世界へと覆す必要性、差し迫った必要性がある。そうしてこそ、我々皆が暮らすクラスオンラインエコシステムは、その潜在能力をフルに発揮し、創造力、協力、そして思いやりの基盤を提供することになるのだ。

Tim Berners-Lee
12th March 2024


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初出公開: 2024年03月25日、 最終更新日: 2024年03月25日
著者: Tim Berners-Lee
日本語訳: yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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