十年前、僕らは高校生だった・・・
yomoyomo(技術者の端くれ、以下Y)と海坊主(医者の卵、以下海)の与太話。1999年5月5日電話にて。
Y:この間久しぶりA子ちゃん[註1]に電話したのよ。見事博士課程に進まれていてね。
海:へー、そうなんだ。
Y:それでさあ、高校時代の話をしててね、「W先生何しよっかなあ」と言うわけよ。「実はね、ワタシW先生のことがすごく好きだったの」だって。衝撃的だったよ。
海:ははは、俺は好きじゃあなかったね。二年生のときの担任だけど。
Y:俺は彼から数学習ったことないんだ。それでね、今メールのやり取りをしている女子大生[註2]がいて、その人と同じ学科に俺達の高校の後輩がいるんだって。話聞くと、その人三年間W先生が担任だったって。
海:ということは未だあの高校にいるんだろうね。
Y:うん、その人六月に教育実習であの高校に行くらしいんだけど、その担当もW先生なんだって。
海:あの人思いっきりヘンな先生だよ!
Y:A子ちゃんはその彼が好きで、それでよく数学の質問に行ってたらしいよ。
海:数学の授業だけに関して言えば、まあ解り易くはあった。熱意もあったし・・・イヤなぐらいに。厳しくもあった。
Y:それがね、結婚してからすっかり丸くなったってよ。たまには「元の」彼に戻るときもあったそうだけど。
海:へえー、結婚したんだあ。
Y:結婚と言えばさあ、K先生の話を思い出してねえ。大体あいつ俺達が高校いたとき既に生徒のYさんとデキちゃって、そのくせ彼女が大学入った後、同級生のAに寝取られてやんの。当時K先生毎日Aに電話して、「Yとは別れろ」って迫ったらしいよ。でもさあ、Aのお父さんって、K先生の同僚のA先生なんだぜ!
海:すごいよなあ。
Y:それでね、さっき言った友達の友達から教えてもらったんだけど、「国語のK先生は、同じ学校の結構人気のある先生と結婚したそうですね。みんなが猛反対したのに、その女の先生は聞かなかった」だってさ。
海:でもK先生って女の生徒には人気あったんじゃなかったっけ?
Y:まあね、でも「みんな猛反対」ってのが笑えるよね。
海:俺彼から国語習ったことないんだけど、みんなあの人に添削してもらってたよな。
Y:あの人は人間的にはともかく国語教師としては優秀だったから、個人的には悪感情はないね。まあ、俺もあの人のお陰でセンター試験で国語160点台取れたんだから。
海:ふっ、それ良かったの、悪かったの?
Y:良いに決まってるじゃん! ・・・何だよ、その見下した雰囲気は。
海:お前国語できそうじゃん。いや、俺だって国語悪かったよ。(200点満点で)100点を目指していたときもあったから(笑)。俺の最低点は80台だねえ。
Y:でもさあ、高校のことで思い出すのってヘンなことばかりでね。ほら、教室の廊下側の窓ガラスって全部すりガラスだったのが、俺達が二年生のときに、後ろの戸のガラスが一つだけふつうのガラスに一斉に入れ替わったじゃない。あれって、三年生が教室でセックスしてたの見つかったかららしいね。
海:は? それマジな話!? 知らなかったぞ。
Y:と俺は聞いた。何か母校の面白い話ないかね。
海:でも、おかしなところではあったね。どこもそうなのかもしれないけど・・・先生たちなんか、受験というか、大学に何人入ったとか、長崎五校[註3]で何番だったとかそればっかり。W先生なんて特にひどかったよ。
Y:まあ勉強ばかり貧相にやらされてたね。
海:学校自体は楽しかったけどね。特に三年生のときのクラスはよかった。
Y:女の子の方が多かったしね。
海:まあ、俺は女の子との交友は少なかったけど、男の方は、割とぶっちゃけた、というかバカな奴等が揃ってたじゃない。
Y:うちのクラス、アッパー[註4]だったのになあ。
海:クラスで出来の悪いのってみんな男だったし。ああそう言えばさあ、矢太樓合宿[註5]ってあったじゃない。
Y:ああ! 三年の夏休みにホテルに一週間カンヅメになって一日十二時間勉強したやつ!
海:あれで俺頭おかしくなりそうだったよ。
Y:やっぱ一週間オナニーできなかったのはつらかったね。トイレでやってた馬鹿もいたけどさあ、流石に俺には恥ずかしくでできなかったよ。
海:ははは、俺としてはあんな詰め込み勉強が嫌だったね。
Y:勉強というのもね、面白いもんなんだよ。ただ日本の教育では分からんだろうな。一定レベルただ苦労させて選別する、という金はかからんけど余り賢くないやり方だから。
海:俺なんか高校時代何一つ分かってなくてね、ただプライドと負けん気だけでやってた。でも浪人してから分かってきて面白くなってきてね・・・俺大学入った年、(センター試験の)国語192点取ったんだぜ!
Y:・・・何じゃそりゃ。すごいと言うか何と言うか。
海:だって俺三浪目のとき、一日の勉強時間の半分は国語と英語に費やしてたよ、理系なのに。
Y:・・・君がさあ、浪人時代を非常に暗い口調で語るときがあるけどさあ、本当に暗かったんだね。結核にもかかった[註6]し。
海:数学なんか失敗して180台だったよ。
Y:それ失敗っていうのか?
海:でもさあ、理系でいいとこ受けようと思ったら、200点取ってなんぼ、という感じじゃん。英語は190台だったよ。
Y:(一瞬絶句)お前おかしいんじゃないか。
海:まあ、でも俺高校二回行ったようなもんだから。エバるほどのもんでもない。
Y:(再度絶句)それに関してはコメントできんな。重いなあ。
海:まあね。
Y:それでね、他に母校のことで思い出したのがさあ、トイレの落書き。
海:へ? そんなのあったっけ?
Y:ほら、Xさん[註7]のこと中傷してた。
海:ああ! 覚えてるよ。でもアレ単なる妬みじゃないかい? 異様に好きだったとか。
Y:それであんなことトイレに書くか? 一体誰が書いたんだろうねえ。
海:まあ、あれホントのことじゃないだろうしね。
Y:だよねえ、ホントだったからって今更どうなるもんでもないけど。そうだったらそうだったで今となっては面白い。
海:高校時代の話だからねえ。
Y:君そう言えば、中学時代Xさんのパンティを頭からかぶったことがあったじゃない。
海:俺じゃないって! 何で俺になるんだよ!
Y:あ、そうだったの?
海:俺は友達から話を聞いただけ! (女子更衣室に)入りたくても入れない小心者だったの。
Y:ああそうなんだ。こりゃ失礼。
海:でもさあ、クラスの皆の近況も分かんなくなったね。
Y:A子ちゃんみたいに連絡取れる方が珍しい。「A子ちゃん、君は本当に美しかった」と過去形を強調して怒らせてしまうんだけど。
海:ははは。
Y:でも、高校二年生のA子ちゃん以上に美しい女性を僕は見たことがない(断言)。でもあの人とも四五年会ってないしね。
海:・・・高校自体には思い出ってないんだよ。クラスの人間にはいろいろ思うことはあるけど。
Y:部活やってなかったしね。
海:俺も帰宅部だった。ほら、よく一緒に学校から帰ってたじゃない。
Y:ん? そうだったっけ? 俺あんまり覚えてない。
海:あぁん? 何やそれ! そんなもんかよ。
Y:まあまあ。でもあれから十年ぐらい経ったんだよ。
海:こないだ長崎に行ったときさあ、長崎駅前でうちの高校の制服を着た女の子を見たのよ。携帯を持っててね。
Y:えー! まあ当たり前だろうけど、自分達の頃からは想像もつかんね。
海:変わったなあ、と思ってね。制服は変わってなかったけど。
Y:そうだよそうだよ。俺達の頃は、携帯電話はおろか、ポケベルすらなかったんだから。それが十年経ったってことなんだなあ。
[註1] 対談者と同様に高校の同級生。現在某女子大学で住環境学を専攻。yomoyomo は高校時代彼女にフラレた経験があるが、何故か現在でもたまにメールのやり取りがある。
[註2] この人も実はA子嬢と同じ大学に通っている。世の中狭いものだ。
[註3] 長崎では進学校である公立校が5つあり、これを長崎五校という。ケツの穴の狭い対抗意識が教師間にあった。
[註4] 三年生では、文系・理系にそれぞれ一二クラス成績の良い人間が集められ、これを「アッパー」と呼ぶ。対談者二人、A子嬢とも理系の同じアッパークラスに在籍した。前にも出てくるが、クラスの男女比が2:3という理系にも関わらず素晴らしい黄金比をなしていた。
[註5] 矢太樓とは、山の上にある地元では名の知れたホテル。長崎の公立高校は三年の夏休みに詰め込み勉強を強要する合宿を行う伝統があるようで、雲仙でやった、という人もいれば、自分の高校の体育館(!)でやったという人もいる。
[註6] 海坊主は三年間の浪人生活の中で肺結核を患ったこともある。そして現在は腰にコルセットを付けてバレーボール・・・結構人生血みどろな奴だ。
[註7] 後の話の展開を見ても、イニシャルすら書けない。この女性の寛容で真面目な人柄を知る者として、高校の一階の男子トイレに書き殴られた性的な誹謗中傷落書き(今もあるのだろうか)が彼女に向けられたものであることに気付いたときは、「大」をしながら壁に頭を打ち付けてしまった。実は彼女もA子嬢と並ぶほどの美女なのだが、それがいらぬトラブルを呼びこんだのだろうか。勿論、悪いのは落書きを書いたクソ餓鬼だけなのだが。