メールを巡ってだらだらと書いてみる


 Eric S. Raymond「伽藍とバザール」の中に以下のような件がある。

 そしてその同じ精神でプロジェクトを運営してほんの数週間もしないうちに、ユーザたちからだけでなく、それを伝え聞いたほかの人たちからも、同じような賞賛のメールが届くようになった。そういうメールはいくつかとってある。いつか、自分の人生なんて何の価値もなかったんじゃないかと思うようになったら、またそれを読みかえそうっと:-)。

 ここでの「精神」というのは早い話バザール開発モデル思想のことなのだが、彼の素直な喜びようは、微笑ましくすらある。

 「伽藍とバザール」に始まる一連の論文は、一般にオープンソース・マニフェストととらえられている。実際その通りなのだが、ESR の戦略の微妙な変化に注目すると別の側面も見えてくる。それは「フリーソフトウェア」から「オープンソース」という用語の変化だけではなく、The Hacker Anti-Defamation League(ハッカー中傷反対同盟)などの抗議運動へのコミットから、ハッカー文化並びにハッカー自体の社会的効用を説く指向性へのシフトがある(ここらへんの僕の考えは、山根信二さんの完全な影響下にある)。

 実は「伽藍とバザール」は、それに続く「ノウアスフィアの開墾」(2000年5月に訳文が大幅追加されたよん)「魔法のおなべ」に比べ、話の内容が抽象化されておらず専門的である。これについては書籍版「伽藍とバザール」の訳者解説において山形浩生が指摘する通り、「この時点でエリック・レイモンドは、この論文がここまで反響を呼ぶとは思っていなかった」というのもあるだろうが、「伽藍とバザール」がまずはハッカーを目指す層への啓蒙を目的としていると考えるとわかりやすい。そこを媒介にしてバザール方式への支持を得ようとしているのだ。(ハッカー的処世術も含めた)ハッキングの具体的で実際的な心得と効用は、「伽藍とバザール」が一番詳しい。

 ただ社会的効用に留まらず、必然的に経済的な効用まで ESR は論調をシフトさせているが、そうなってくると彼のリバータリアン気質との噛み合いが難しいとこだと思う。American Prospect における(主に Lawrence Lessig との)オープンソース討論でもそこらへんを露呈しているように思う。ここら辺はもう少し資料を揃え、今後の動向を見届けて評価したいところだ。


 さて、ムズカシイ話は以上でおしまい。何故上のようなことを書いたかというと、久方ぶりに書籍版「伽藍とバザール」を再読し、ESR ほどの人でも賞賛のメールをそれほどありがたく思うのだなあ、という白痴的な感想を持ってしまったからだ(余談だが、僕は ESR から、"Sure!" とだけ書かれたメールをもらったことがある(笑))。当然ハッカー特有の謙遜の精神もあるだろうが、「自分の人生なんて何の価値もなかったんじゃないかと思うようになったら」というところなんて結構泣かせるじゃないの。

 そこで自らを鑑みると、そこまで思わせるメールというのはもらったことはない。成した仕事がとても比べられるレベルにはないのだから当然であるが、それでも本当に勇気付けられるメールというのは何通かいただいたことがあるし、そういうのを読むと根が単純なので心底感激してしまう。ESR の表現を真似すると、「自分の人生に何か価値があるとうっかり思いそうになる」くらいだ。ホントはそんなものないのにね。

 こういうことを書くのはなんとも情けないのだが、メールによる激励、賞賛、叱責、訂正、批判、罵倒、脅迫・・・とまあ何でもいいのだけど、メールによるリアクションというのが作者の側からすると少ないように感じられるのだ。これはアクセス数と比して、ということで、うちのような場末のウェブページもいつのまにかトップページの平日のアクセスが大体(ログをとってないので正確には分からない)200を超えるようになった。が、読者からいただく感想メールの数は、アクセス数がその半分だった頃と大差ないのだ、実は。ある程度恒常的にメールのやり取りをする人は増えたのはありがたいけど。

 お前がリアクションするだけの価値のあるものを書いていないからではないか、と言われると沈黙してしまうのだけど、それでも願望を書かせてもらうと、読者の顔がメールなりで見えると嬉しいのだな。最近ではウェブ日記などに僕の文章・翻訳がリンクされているのを見かけることがたまにあって、それはそれでとても嬉しいのだけど。


 さて、以上の内容と重なることを、高須正和さんが「インターネットの中で独りで」という文章で書かれていた。奇しくもこの文章でうちのサイトが紹介されているのだが、「特に必要もないのに、誰にも求められないのに、何かを書き始めてしまう人」という表現に思わず、「何だかワタシが寂しい人みたいではないかぁ〜」と泣きながら抗議してしまい、高須さんも気にされていたが、もちろん腹を立てたのではない。実際のところ、ワタシは寂しい人だ(涙)。これは他のウェブマスターとは考えが違うかもしれないけど、仕事や私生活が充実しきっていたら、僕はウェブページなんか作らないと思う。

 それはともかく高須さんの Sometimes I feel like screaming は以前から僕のブックマークに入っていたし、いただいたメールの文面も非常に丁寧で、何よりうちのサイトをちゃんと読んでくださっていることが伝わってきて大変好感の持てるものだった。「インターネットの匿名性」だとか何だとか言われるが、田口ランディが「ネットワーク道を極める」で書く通り、慣れてくるとメールを一通もらうだけでその人の(ネット上における)良識性は大体判断がつく。そこが面白いところだ。

 ここで横道にそれるのだが、「真面目だなぁ、ホントに」と評されてしまったうちのサイトであるが、作者である僕も真面目な人間だと思われているフシもある。けれども実際は、対談もやった大学時代の友人による「文章と実際の人間が違う、と思う。本人を知り、その文章を知らない人は、彼の文章を読みきっと驚くはず。」という評言が正しいと思う。実像はただの人格破綻者ざんす。

 ウェブページにしろ、メールのやり取りにしろメディアによって相対化された私性しか表れないし、やはり二枚目意識が働くのだろうか。というより、過激ぶりながら正論しか吐けないのと同じ手合の、表現者としては最もツマラナイ人種でしょうな、ワタシという人間が。悲しいことに。


 更にそこで一歩戻り、どうしてリアクションが少ないのか考えてみると、文章の質のことを別とすると、飽くまで情報源としてクールに読み流されているだけなのではないだろうか。サイト立ち上げ時の意志と反して技術エッセイやオープンソース関連の翻訳がメインのコンテンツになってしまうと読者層も大体定まってくるし、読まれ方も(読み手としての自分自身を鑑みれば)大体想像できる。

 思えば自分自身いつもお世話になっているサイトに対してリアクションを取っているかというと案外そうでない。そこらへんを何とかしたくて薀蓄linksをやろうと思った側面はある。

 ただ読み手と書き手の関係性を損得勘定のみで考えるとしても、作者にメールを出すことは決して損にはならない。極端な罵倒以外は何より作者のやる気を引き出すし。僕が何度も批判歓迎と書くのは、その方が既存のコンテンツの内容を深めるのにも役立つし(誤記やリンク切れの指摘だってそうだ)、新作を書くモチベーションにもなりうるからだ。

 シニカルに書くなら、どうせ利用し合うのなら、お互いから色んなものを引き出した方が得策だろう、ということ。


 前述の「インターネットの中で独りで」の最後にはプロジェクト杉田玄白が取り上げられている。これについては僕自身文章を書いているが、「バザール方式による翻訳プロジェクト」と威張れる規模にはなっていない。この点、山形浩生がかつて「しょぼい」と断じた青空文庫の足元にも及ばない。

 その現状の原因については、吉峯耕平さんや結城浩さんが的確なコメントを書いていた(両氏とも山形浩生の「恐さ」について触れているのには思わず苦笑いしてしまう)。僕も早速両氏にメールを送った。だってお二人とも山形浩生を山形浩夫って書いてたのだものぅ。

 さて下らない揚げ足取りはいい加減にして、以下は個人的な感慨なのだが、プロジェクト杉田玄白の登録作品については少し苦々しい思いがある。それはプロジェクト自体や山形さんに対して、ではない。僕自身の貢献に対してである。登録している自分の訳文が、「枯れ木も山の賑わい」以上の貢献をプロジェクトに対してしているだろうか、ということだ。

 答えは No だろう。「オープンソース・ゲームをプレイする」は質(翻訳の、ではない)・量ともにそれだけの価値はあるとは思う。あと強いて言えば、その筋から数多くリンクされている「FUD とは何ぞや?」「管理職のためのハッカー FAQ」あたりは置いておいてもいいかもしれないけど。

 だが山形浩生が公開する翻訳とは余りにもレベルが違い過ぎるのだね。このアンバランスさがプロジェクト全体のあり方をぼやけさせている部分はあると思う(ここらへんの構造は吉峯さんも書いていた)。

 しかし、人間誰しも才能という限界がある。僕の訳文が一種の最低ラインの基準になりハードルを下げているさと自分を慰め、既に山形浩生が訳した文章に原文の改版があればパッチを送るなり、それができなければ情報通知だけでもしてできるだけのことはしているつもりだけど。

 そうした意味で、訳文を上げる度に届く武井伸光さんからの誤記・誤訳の指摘メールは本当に嬉しい。ちゃんと読んでくださった人がいるのだな、と。これも私見だけど、現状のプロジェクト杉田玄白においては、主催者を別格とすれば結城浩さんの貢献度が最も高いだろう(青空文庫やグーテンベルグプロジェクトとの橋渡しの役割も果たしているし)。そして、その次に称えるべきは武井さんではなかろうか。


 今回は特に山場もなくだらだらと書き連ねてきたが、この文章を書こうと思ったキッカケは、実は以上に書いたこととは全く関係のないことなのだ。

 「蘊蓄links」でも取り上げた金川欣二さんのページで公開された「顔面神経マヒの子どもたちのために」という文章を読み、僕は大変な衝撃を受けた。それは内容自体によるところもあるが、それ以上に個人的な事情によるところが大きかった。

 昨年六月、僕は金川さんからメールを頂いている。用件としてはちょっとしたもので、少し対応して二三行返事を付けてメールを返信すれば済むものだった。この文章を書くためにメールボックスを調べてみると、金川さんからのメールは僕の99年下半期を暗転させた(といっても自業自得なのだけど)出来事が起きた正にその日に届いたものだった。その当時の僕の方の状況は以前にも少し書いているが、その程度のタスクをこなすのすら困難な精神状態で、数行の返事を書くのにもひどく難儀した覚えがある。

 今になってその頃の状況を客観的に振りかえることができるのだが、その時だって金川さんは胆石手術明けだったわけで、わざわざうちのサイトまで気を遣っていただいてありがたいなあ、と思ったものだが、実際にはその直後には娘さんが入院されていたのだ。

 だから何がどうした、というのは僕はどうこう言えない。当時自分が最低の状況だと思っていたが、別のところでも闘っている人はいたのだ。一年近く経ってその事実をウェブに掲載された文章と過去のメールによって実感させられた。曰く言い難い、何とも奇妙な感覚である。

 ただこれは言える。メールにしろウェブにしろ、インターネットは即効性と効率性のためだけのメディアなんかではない、ということだ。


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初出公開: 2000年05月08日、 最終更新日: 2003年07月26日
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