DVDCA と大きな嘘

著者: Eric S. Raymond

日本語訳: yomoyomo


以下の文章は、Eric S. Raymond による DVDCA and the Big Lie の日本語訳である。

Linux ハッカーによる DVD 暗号の解読、ツールの配布、そしてそれを受けての訴訟についての ESR の論説である。暗号関連の問題については前々から興味があったので、訳注リンク集を加えた。ニュースソースなどはそちらから飛べる。

また ESR は、DeCSS とファイル交換ソフト Napster、Gnutella について「二つの代表を巡る大嘘」という続編とも言える文章も書いているのでそちらもご一読いただきたい。

本翻訳文書については、以下の方々にご教示を頂きました。ありがとうございました。


DVD Control Association (DVDCA:DVD 管理協会)[訳注1] が戦闘準備に入った。数週間前、ノルウェーの何人かの Linux ハッカーが、DeCSS[訳注2] と呼ばれる DVD デコーダを作り、DVD メディアで使用されている暗号機構をクラック[訳注3]した。1999年12月27日に DVDCA は、カリフォルニア州高等裁判所に、何十人もの被告と名前を公表してない人達[訳注4]を著作権侵害で告発する訴訟を起こした。彼らは、DeCSS を公開するウェブサイトに対しても、停止命令を要求した[訳注5]

彼らの主張において最も重要な点は、もし DeCSS の普及が許されるなら、DVD の不法コピーが一般に出回るようになり、作品に対する市場収益が海賊版業者によって大幅に横取りされてしまうことになるので、コンテンツ製作者(映画、テレビ産業)が、取り返しがつかないほど損害をこうむるだろう、というものだ。

この提訴が引き起こす言論の自由の問題が既にたくさんでてきている。DVDCA は、単に DeCSS を公開するサイトへの命令のみならず、DeCSS を公開するサイトへリンクするあらゆるサイトに対しても命令を要求するという危険を冒してきた。Electronic Frontier Foundation[訳注6] の弁護士は、そうした統制は、ウェブにおける自由な言論に過酷でぞっとするような結果をもたらすし、裁判所が即時の停止命令を認めないように説得する訴えを行うのももっともだ、と主張した。

けれども、ここで本当にしたい話は、DVDCA の主な不満が詐欺的であるということである。DVD 暗号は、コンテンツを著作権侵害から少しも守れない[訳注7]。海賊版業者は、数千ドルかけて1ビット違わぬコピーを作るために DVD をデコードする方法を知る必要なんてないんだ。また、どんな DVD プレイヤーも合法的に流通するオリジナル版と、1ビット違わず複製された海賊版とを区別できはしない。コンテンツ製作者が DVD のプロテクションから得る意義というのは、まったくのところ皆無なのだ。

どうして DVDCA は嘘をつくのだろう? 簡単なことさ。だって、嘘をつく方が、DVD がコンシューマ向けエレクトロニック産業において、少数の選別されたプレイヤーによって私腹を肥やすように仕組まれた詐欺だなんて認めるよりもずっと耳障りがいいもの。DVDCA が本当に問題視しているのは、DVD 映画市場の保護なんかじゃなくて、DVDプレイヤー市場の支配のことなんだ。

DVD 暗号を解読した Linux ハッカーは、DVD を複製したかったからそれをやったわけじゃない -- 複製をやるのに DeCSS なんて必要じゃないもの! 彼らは、自分達の Linux マシンで、合法的に所有する DVD を再生したかったからやったんだ。そして、それこそが DVDCA が本当に防ぎたいと思っていることなんだ。つまり、連中は DVD プレイヤーに関して、加盟メンバーによる独占を守っているのだ。もし PC とスピーカーを持った人間が、専用の DVD プレイヤーも認可済みソフトウェアももはや必要ないことになったら、DVD の独占により請求可能な、高価な価格とライセンス料は暴落してしまうだろう。

プレイヤーがもっと安価になって市場が拡大するのだから、コンテンツ製作者は損害を被るどころか、DeCSS によって実際には恩恵を被るだろう。コンテンツ製作者は、DeCSS ハッカーに感謝すべきである -- 彼らは本当なら DVDCA を DVD プレイヤー市場を不正に操作することで、利益を切りつめている咎で訴えるべきなんだ!

DVDCA が嘘をつく別の理由もある。訴件が長引くと、企業秘密に関してリバース・エンジニアリングを行う権利と、個人での使用において、メディアを合法的に所有する別のフォーマットに複製する個人の権利の両方が守られる。その領域に関して争うというのなら、必ずや負けることを DVDCA は思い知るに違いない。そこでその代わりに、著作権侵害について煙を十分吹きかけておけば、消費者とコンテンツ製作者の利益になるようにと、公正さと全ての法慣例の両方を法廷がびびって気付かないのでは、と期待しているんだ。

John Gilmore[訳注8] はかつて、「インターネットは検閲をダメージとうけとり、それを迂回する[訳注9]」と述べた。同様に、インターネットは独占支配の試みを脅威とうけとり、それを打ち負かすべく戦時体制に入る。世界中のハッカーが、カリフォルニア州高等裁判所の管轄でない場所で、世界中のウェブサイトに何千もの DeCSS のコピーを普及させて DVDCA に攻撃することで応酬している。精霊は瓶から抜け出し、中に戻ることはないだろう。

とりわけ皮肉な展開の一例と言えるのが、OpenDVD のウェブサイト(http://www.opendvd.org/)が「The Great International DVD Source Code Distribution Contest[訳注10]」のスポンサーになっていることだ。ソースコードを配布する最も面白く、かつ奇抜な方法を実際にやってみせた四人の受賞者には、それぞれ「映画を観て、神に自由を感謝するように、「1984」[訳注11]や「未来世紀ブラジル」[訳注12]といった、邪悪な全体主義社会を描いた DVD 映画から好きなものを一作品」を与えられるのだそうだ。

DVDCA をほとんど哀れとすら言える。1996年に提出された、その名にふさわしくない「通信品位法」[訳注13]や、1994-95年に溯る NSA[訳注14] のキーエスクロウ[訳注15]による権力略奪の背後にいた低能どものように、インターネット・コミュニティの自由を踏みつけようとしたらどうなるかということを、連中はこれから思い知らされることになる。例え連中が見え透いた詐欺師や嘘吐きでなかったとしても、噛み付いたものが噛み付かれる帰結も面白いものだったろう。そしていまの情況から見て、連中は法廷でギタギタのチャツネにされるし、それ以前に、まずインターネットで徹底的にこけにされることになる。それを見物するのはさぞおもしろいことだろう。


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初出公開: 2000年01月13日、 最終更新日: 2000年08月26日
著者: Eric S. Raymond
日本語訳: yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)
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